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奇蹟のブローカーと自称する美青年のこと
日期:2023-09-04 15:43  点击:227

奇蹟のブローカーと自称する美青年のこと


愛之助は、家を飛び出したまま、一度も帰宅せず、友達を訪ねた上、倶楽部へ行って球を いたり、浅草公園の群集に混って、活動 まち を行ったり来たりして見たり、心の うち では極度の焦躁を感じながら、 外見 うわべ は如何にも呑気らしくそんなことをやって居る内に、つい日が暮れてしまった。
そして、その夜の十時頃から次のお話が始まるのだ。
その時愛之助は、歩き疲れて、浅草公園の池に面した藤棚の下の柱に もた れて、ボンヤリ池に映るイルミネーションを眺めていた。藤棚の下に並んだ数脚のベンチには、影の様な浮浪者の一群がおとなしく黙り返って腰かけていた。彼等はどれもこれも、ひどく餓えて、それを、訴える力さえ失って、あきらめ果てて、ぐったりしている様に見えた。
その中に一人丈け、周囲の浮浪者達とは際立って立派な 風采 ふうさい の青年が混っていた。浅草青年というよりは寧ろ銀座青年という風采が、愛之助の注意を惹いた。そう云えば、愛之助にしたって、ちっとも浅草人種ではなかった。ましてそんな藤棚の下などに、ぼんやり たたず んでいるのは、どうも似つかわしくなかった。と云う訳で、この二人、愛之助と銀座型青年とは、期せずしてお互の存在を意識し合ったのである。
で、愛之助はチラとあることを頭に浮べた。と云うのは、彼が かね て知っていた、アサクサ・ストリート・ボーイズのことだ。猟奇家の彼が、そういうものの存在を知らぬ筈はないのだから。
愛之助は、十二階を失い、江川娘玉乗りを失い、いやにだだっ広くなった浅草には、さして興味を持たなかった。強いて云うならば、 廃頽 はいたい 安来節と、木馬館と、木馬館及水族館の二階の両イカモノと、公園の浮浪者群と、そしてこのストリート・ボーイ達とが、僅かに浅草の奇怪なる魅力の名残りをとどめているのだ、そういうものの かも し出す空気が、やっと 二月 ふたつき に一度位の程度で、彼の足を浅草へ向けさせた。
青年はじっと、愛之助を見つめていた。紺がかった春服を着て、同じ色の学帽の様な一種の鳥打帽子の、深いひさしの下から、闇の中に柔軟な線の、ほの白い顔が浮上っていた。美しい若者だ。
愛之助は決してペデラストではないので、嬉しくもなかったが、併し、別に不快を覚える程でもなかった。
「蛇の様に冬眠が出来るといいなあ」
突然、すぐ側でそんなかぼそい声が聞えたので、見ると、目の前のベンチに若い栄養不良な自由労働者がいて、隣りの少し年取った同じ様な乞食みたいな男に、話しかけていたのだった。
「冬眠て何だよ」無学な年長者が力のない声で尋ねた。
「冬中、地の底で、何にも食わないで眠っていられるんだ」
「何にも食わないでかね」
「ウン、蛇の身体は、そんな風に出来ているんだ」
そして、二人とも黙ってしまった。静かな池の中へポチャンと小石を ほう り込んだ様な会話だ。
池の向うの森蔭から、絶間なく木馬館の十九世紀の楽隊が響いて来た。風の都合で、馬鹿に大きな音になったり、 或時 あるとき かす かになって、 露天 ろてん 商人の呼声に混り合って、ジンタジンタと太鼓の音ばかりが聞えたりした。うしろの空地では、書生節のヴァイオリンと、盲目乞食の浪花節とが、それぞれ黒山の 聴手 ききて に囲まれて、一種異様の二重奏をやっていた。二重奏と云えば、つまるところ、公園全体が一つの大きなオルケストラに相違なかった。ジンタ楽隊、安来節の太鼓、 牛屋 ぎゅうや 下足 げそく の呼声、書生節、乞食浪花節、アイスクリームの呼声、バナナ屋の怒号、風船玉の笛の 、群集の下駄のカラコロ、酔っぱらいのくだ、子供の泣声、池の こい のはねる音、という千差万別の楽器が作る、安っぽいが、しかし少年の思い出甘いオルケストラ。
「モシ!」
突然耳元で、囁く様に、古風に呼びかける声がした。振向くとさっきの美しい青年が、立って来て、いつの間にか彼の そば へ寄っていた。
愛之助はハッと当惑した。浅草ウルニングの誘いには、一度こりていたからだ。
「ナニ?」
妙なことには、彼は女みたいなアクセントで聞き返した。丁度商売女とでも話をする様に。
「あなた、失礼ですが、何かお困りなすっているのではございませんか。どうにも出来ないことが、おありなさるのじゃございませんか。でも、それはどうにかなるのですよ。奇蹟を こし らえている所があるのです。そこでは、あなたの 御入用 おいりよう のものを、そうですね、多分、一万円位で御用立てすることが出来るかも知れませんよ」
青年は変な謎みたいなことを囁いた。それにしても一万円なんて馬鹿馬鹿しい金額だ。若しや可哀想に、気違いでもあるのかと、愛之助は相手の顔をまじまじと眺めた。
池に映った活動館のイルミネーションが、逆に あご の下から青年の顔をボーッと明るくしていた。美しい。だが変な美しさだ。お能の面の様に、完全に左右均等で、何かしら作り物の感じで、無表情で、底の方からにじみ出す凄味が漂っていた。やっぱり気違いだなと思った。
「アア、私はあれじゃないんです。女じゃないんです」青年は愛之助の気持を感づいて笑いながら云った。「それよりもずっと値打ちのある、あなたが想像もなすったことがない様な商売をしているんです。昔から神様にしか出来なかった、恐ろしい奇蹟のブローカーなんです。でも、あなたお困りじゃないのですか。奇蹟が御入用じゃなかったんですか」
「奇蹟って、なんです」
相手がストリート・ボーイではないと分って、安心したけれど、彼の話すことがまるで理解出来なかった。併し、気違いではなさそうだ。
「奇蹟をお尋ねなさるのですか。じゃ、あなたは御入用がないのです。本当に欲しいお方はそんな風にはおっしゃいませんから、さようなら」
青年はフラフラと、又元の浮浪者共の間へ戻って行った。
浅草の様な盛り場には、時々こんな不思議がある。浅草は東京という都会の皮膚に開いた毒々しい 腫物 しゅもつ の花だからだ。そこには常態でない凡てのものが、ウジャウジャとたかっている。だが、愛之助はまだ一度も、こんな変てこな男に出逢ったことはなかった。美しいけれど妙に不気味なお能の面の様な顔が、いつまでも忘れ難く目の底に残っていた。
この青年は何者であったか、ただ意味もなくここへ現われて消えてしまう人物ではない。この物語の後段に至って、彼はもう一度読者の前に姿を見せる筈だ。その時こそ、彼の 所謂 いわゆる 奇蹟が何を意味するか、ハッキリ読者に分るであろう。
愛之助は何故ということもなく怖くなって、藤棚の下を出た。そして、当てもなく明るい活動街の方へ歩いて行った。
驚きは友を呼ぶものであるか。そうしてグラスウインドの中の彩色スティルの前を、群集にはさまって歩いていた時、沢山の動く頭の向うに、彼はハッとする様な顔を発見した。 ほか でもない品川四郎である。
愛之助は相手に気づかれぬ様、人波を分けてあとをつけた。確かに本物の品川ではない。科学雑誌社長があんな洋服を着ていたのを見たことがない。それに品川四郎が今時分浅草を歩いているなんて変だ。てっきり 彼奴 きゃつ に違いない。と思うと、愛之助はもうワクワクして来た。今度こそ見逃すものか。
幽霊男はワハワハと群集を縫って、細い道を曲り曲り、遂に 雷門 かみなりもん の電車通りへ出た。
円タクの行列。男はその一つの誘いに応じて車内に姿を消した。愛之助も一台を選んで飛び乗った。又しても自動車の追っ駈けだ。だが、今度はいつかの 赤坂見附 あかさかみつけ みたいなヘマはしないぞ。と彼は前の車の鋭い監視を続けた。
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