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愛之助己が妻を尾行して怪屋に至ること
日期:2023-09-04 15:44  点击:331

愛之助 おの が妻を尾行して怪屋に至ること


愛之助は怪屋の一室で夜を明かした。そして結局警察官に救い出されるまでのいきさつは、詳しく書いても一向面白くないことだから、極く簡単にかたづけると、
ドア に鍵をかけて悪魔が立去ったあとには、暗闇と静寂の長い長い時があったばかりだ。愛之助はそこの板張りの床にへたばって、烈しい恐怖に震え、あらゆる妄想にさいなまれた。その中で最も際立っていたのは、天井からポトポトと何かの滴り落ちる幻聴であった。それが長い長い一晩中絶えては続いた。つまり、彼はその部屋の真上の二階に、さっきの生首の女の、切り離された胴体が、みだらに血みどろに横わっている光景を幻想したからである。
一夜の苦悶の間に、さして厳重ではなかったいましめは、いつしかとけてしまったけれど、仮令手足丈けは自由を得たところで、けだものの檻の様に鍵のかかった ドア と、鉄格子の窓にはばまれ、逃れ出すことは思いもよらなかった。
一睡もしなかった彼は、夜が明けると、外の広っぱに人通りがないかと、そればかりを待った。往来ではないので中々人通りはなかったが、やっとして十五六歳の少年が、窓の向うの生垣の外をハーモニカを吹き鳴らしながら通りかかった。
愛之助は悪魔がまだ同じ家にいると信じていたので、声をかけることを はばか り、手帳を破って手紙を書き、銀貨を包んで重りにして、窓から少年の足元へ投げた。
幸い彼の意志が通じて、少年はすぐ様附近の交番へ駈けつけてくれた。そして、間もなく警官がやって来たのだが、実に奇妙なことには、愛之助の申立てによって、警官が調べて見ると、その家は全くの空家で、どの部屋にも人の住んでいた形跡はなく、主人公の幽霊男も、例の血みどろの生首も、女の胴体も、影も形もなく、どこの床板にも一滴の血のあとさえ発見されなかった。
最も意外なのは、彼を救い出した警官が、一枚の ドア をも破る必要がなかったことである。つまり入口は勿論、愛之助が監禁されたと信じていた部屋の ドア にさえも、鍵がかけてはなかったのだ。彼は一晩中 度々 たびたび その ドア を開こうとしたが、いつも外から鍵がかけてある様に感じた。悪魔はいつの間に、又何が為に、それをはずして行ったのであろう、それとも、愛之助の方で逆上の余り、そんな風に誤信してしまったのか。
朝の陽光と共に妖怪が退散した感じで、昨夜のことは すべ て凡て、彼の夢か幻でしかなかったとさえ思われた。巡査も変な顔をして、彼をジロジロ眺めるのだ。
で、結局、この怪屋の怪事件は、うやむやに終ってしまった。警官には愛之助の物語った怪事よりも、愛之助自身の精神状態の方がよっぽど奇怪に見えた。随ってこの事件は、一精神異常者の奇怪なる幻想として、深く取調べることもなく ほうむ り去られたことに相違ない。
事実、愛之助が猟奇の果てに、ついにあの大罪を犯すに至った、心理的異常は、已にこの時に 胚胎 はいたい していたのかも知れぬ。彼は狐につままれた形で、昨夜の出来事が夢か現実かの判断もつかず、フラフラと別宅に立戻った。そして、そこには彼が不倫の妻と信ずる所の芳江が彼の不思議な朝帰りを待っていたのだ。
お話はそれから三日目の夜に飛ぶ。その間の愛之助夫妻の心理的葛藤を描写していては退屈だからである。
愛之助がその夜八時頃、附近の縁日を散歩した帰りがけ、何気なく電車通りを歩いていると、ハッと彼を驚かせたものがあった。
驚いたには驚いた。だが実を云うと、それは彼が待ちに待っていた事柄でもあった。つまり細君の芳江が、たった一人で、流しの自動車を呼止め、それに乗ろうとしていたのだ。彼の留守を さいわい の媾曳に きま っている。
「とうとう つかま えたぞ」
愛之助はワクワクしながら、相手に悟られぬ様に別の自動車を呼止めて乗車した。云うまでもなく尾行である。自動車の 追駈 おっか けごっこはもう慣れっこになっているのだ。
彼は嫉妬に燃えていた。妻が段々 立勝 たちまさ って美しいものに見え出した。仮令 姦婦 かんぷ とは云え、その美しい自分の妻を、こうして尾行している、泥棒と探偵の様に追跡しているという事実が、彼の猟奇心を妙に くすぐ った。追跡そのものが、何かしら性慾的な事柄にさえ思われた。前を走る車の後部の窓から、妻の白い襟足がチラチラ見えた。
ところが、やがて三十分も尾行が続いた頃、愛之助はふと車外の 家並 やなみ に注意を向け、アア見覚えがあるなと気づくと、ある恐ろしい考えが、ギョッと胸につき上げて来た。車は確かに先夜と同じ町を通って池袋に向っている。もう停車場が向うに見える。
すると、媾曳の場所は例の不気味な空家に相違ない。彼は先夜の奇怪な出来事をまざまざと思出した。幽霊男の握っていた 人切庖丁 ひときりぼうちょう 、血みどろの女の生首、そして奇怪極まる殺人淫楽。
妻は相手を信用し切っている様子だが、ひょっとすると、あの空家の中には、先夜の女と同じ運命が彼女を待構えているのではあるまいか。それは二人は本当に愛し合っているかも知れない。だが、いくら愛し合っていたところで、彼奴は、 当前 あたりまえ の人間ではないのだ。恐ろしいラスト・マアダラアなのだ。彼として見れば、いとしければこそ、その人の 生血 いきち がすすりたいのかも知れぬのだ。
案の定芳江の車は不気味な空家の前に止った。愛之助は広っぱの手前で車を捨てて、闇の中に うずくま って見ていると、ほの白い妻の姿が、真黒な怪物みたいに そび えている空家の中へ、吸込まれる様に消えて行った。
云わずと知れた、家の中には例の怪物が、美しい 餌食 えじき を待構えているのだ。
烈しい嫉妬と、同時に妻の命を 気遣 きづか う心とがゴッチャになって、愛之助は前後を忘れ、我身の危険を忘れ、いきなり芳江のあとを追って空家の中へ踏み込んでしまった。
例によって戸締がしてないので、這入るのは造作もなかったが、洋館の廊下が真暗で、芳江がどの部屋にいるのか見当がつかぬ。だが、兎も角奥の方へと、手探りで、ソロソロ歩いて行くと、ふと低い話声が聞えて来た。意味は分らぬけれど、確かに芳江の声と、もう一つは例の怪物の(品川四郎そっくりの)声に違いない。
彼はその声をたよりに、足音を忍ばせながら、闇の中をたどって行ったが、ハッと思うと何かにつまずいて、ひどい物音を立ててしまった。
パッタリ止まる話声、同時に、ガタガタいう靴音、パッと射す光。愛之助は電燈の直射に会って、ど ぎも を抜かれて たち すくんだ。すぐ目の前の ドア が開いて、電燈を背にして、例の怪物が立はだかっていた。
「オヤ、青木さんじゃありませんか。よっぽどこの うち がお気にめしたと見えて、よく御訪ね下さいますね。マア、御這入り下さい」
男は怖い目で彼を睨みつけながら、言葉丈けは、不気味に丁寧な口を利いた。
愛之助も、併し負けてはいなかった。そこに妻の芳江が介在している。先夜とは訳が違うのだ。彼は云われるままに、ツカツカとその部屋へ這入って行った。そして、不義の妻はどこにいるかと血走った目で、キョロキョロ見廻した。
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09/28 01:20
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