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トランクの中
日期:2023-09-15 16:48  点击:268

トランクの中


トランクの中に、とじこめられていた小林少年は、いったい、どんな気持だったでしょう。
自動車につまれて十五分ほど走り、どこかの建物の中へおろされたかと思うと、あたりはシーンと静かになり、だれもいなくなったようです。
それから夜中までの、長かったこと!
夜光の腕時計をはめていたので、ときどき、それを見るのですが、時間のすすむのが、じつにおそいのです。九時半ごろから、真夜中までの三時間あまりが、まるで、一ヵ月のように感じられました。
だんだんおなかがへってくる、のどがかわいてくる、その苦しさというものはありません。それに、夕がたから、からだをまげたまま、トランクづめになっているので、手も足もしびれてしまって、どこか背中のほうが、ズキン、ズキンと、いたむのです。
なんど、トランクをやぶって逃げだそうと思ったかしれません。ピストルも持っているし、ナイフもあるのです。トランクをやぶるのは、さしてむずかしいことではありません。
しかし、小林君は、歯をくいしばって、がまんしました。せっかく敵のすみかをさぐるために、トランクにはいったのですから、いま逃げだしては、なんにもなりません。あくまで、がんばるほかはないのです。
ときどき、うとうとと眠りました。けっして、こころよい眠りではありません。あまりのいたさ、あまりのひもじさに、頭がしびれるようになって、おぼえがなくなったのです。眠るというよりは、気をうしなったのです。いくどとなく、気をうしなったのです。
しかし、やっとのことで、真夜中になりました。そして、どこかへ、はこびだされました。ゆらゆらと、いつまでもゆれています。船に乗せられたらしいのです。ギイ、ギイというろの音が、かすかに聞こえてきます。
そのうちに、トランクのあちこちに、コチコチと、金属のふれあう、かすかな音がしました。それは、息ぬきの穴に、ネジクギをさす音だったのですが、小林君には、そこまではわかりません。
しばらくすると、なんだか息ぐるしくなってきました。いままで、トランクの中でも、かすかなすきま風のようなものを感じていたのに、それがぱったりなくなり、外の物音も、まったく聞こえなくなりました。
そのうちに、船のゆれかたと違うゆれかたを感じました。ふなばたに持ちあげられたときです。そして、らんぼうに投げだされるような気がしたと思うと、エレベーターでおりるときのような、スーッと沈んでいく感じが、しばらくつづきました。そして、からだのほうぼうが、チクチクと、針でさすように、つめたくなってきました。いくらネジクギでとめても、どこかに、かすかなすきまがあるので、そこから水がしみこんできたのです。
小林君が、それを水だとさとるまでには、何十秒かかかりましたが、ハッとそれに気がつくと、さては、水の中へ沈められたのかと、気もとおくなるほど、おどろきました。
しかし、びっくりしたときには、もう沈むのがとまっていて、しばらくすると、横にズルズルとひっぱっていかれるような感じが、すこしつづき、それから、こんどは上の方へ持ちあげられ、人の手で運ばれるような気持がして、やがて、どこかへおかれたらしく、ぱったり動かなくなってしまいました。もう水の中ではなさそうです。小林君は、やっと、いくらか安心しました。
カチカチと、音がします。トランクのかぎあなへ、かぎをいれて、まわしているらしいのです。
「さては、ここで、ふたをひらくんだな。」
と思うと、こんどはまたべつの心配で、胸がドキドキしてきました。
パッと、トランクのふたがひらかれました。おいしい空気が、サーッと吹きこんできました。電灯がついているらしく、目をふさいでいても、まぶしいほど、まぶたが明るくなりました。
目をあいて、あたりを見まわしたい。きゅうくつなトランクから飛びだして、おもうぞんぶん手足をのばし、深く息をすいたい。しかし、小林君は、ここが、がまんのしどころだと思いました。
それで、トランクの中に、じっと、身をちぢめたまま、そっと、かすかに、まぶたをひらいて、まつげのあいだから、外をぬすみ見ました。
ひとりの人間が、トランクの上にかがみこんで、マユミさんに変装した小林君を、じっと見ているのです。あいつです。大きな白っぽい、うつろの目、長い牙のはえた恐ろしい口、その顔が、五十センチの近さで、映画の大うつしのように、小林君の目の前にせまっていたではありませんか。
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09/27 15:24
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