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魔术师-美しき友(1)
日期:2023-09-20 13:25  点击:327

美しき友


 新聞紙は毎日の様に新しい犯罪事件を報道する。世人(せじん)()れっこになってしまって、(また)かという様な顔をして、その一つ(ごと)に、さして驚きもしないけれど、静かに考えて見ると、何と騒々(そうぞう)しく、いまわしい世の中であろう。広い東京とは()いながら、三つや四つ、血なまぐさい、震え上る様な犯罪の行われぬ日とてはない。今の世に、十九世紀の昔語りにでもあり(そう)な、貰い子殺しの部落が現存するかと思うと、真実の弟を(たた)き殺して、つい門前の土中に(うず)め、その御手伝いをさせたもう一人の弟を狂人に仕立てて、気違い病院に放り込むなど、まるで涙香小史(しょうし)飜案(ほんあん)する所の、フランス探偵小説みた様な、奇怪千万(せんばん)な犯罪すら行われているのだ。
 だが、それらは世に(あら)われたる犯罪である。ある犯罪学者が云った様に、露顕(ろけん)する犯罪は十中二三に過ぎないものとしたならば、我々が日々の新聞で見ているよりも、一倍物凄(ものすご)戦慄(せんりつ)すべき大犯罪が、どれ程多く、つい知らぬ間に行われているか、恐らく想像の(ほか)であろう。例えば、あなたは、そうして小説を読みながら、すぐ壁一重のお隣で、今現にどんな事が行われているか、とゾッとして耳をすまして見る様なことはありませんか。本当に恐ろしいことだけれど、そんな邪推(じゃすい)でさえも、この東京では決して無理とは云えないのです。
 で、素人(しろうと)探偵の明智小五郎(あけちこごろう)が、「蜘蛛男」事件を解決して、骨休(ほねやす)めの休養をする間が、たった十日ばかりしかなかったというのも、小説家の作り話ではない。つまり、蜘蛛男が、例のパノラマ地獄で無残の死をとげてから、やっと十日たつかたたぬ(うち)に、この「魔術師」事件の第一の殺人が行われ、明智はのっぴきならぬ依頼(いらい)によって、又その事件にかかり合わねばならぬ仕儀(しぎ)となったのである。
 だが、彼は素人探偵とは云い(じょう)、看板を出してそれで生活している(わけ)ではないのだから、いやだと思えば、別に差出(さしで)がましく警察の御手伝いをする義務もない訳だが、この「魔術師」事件には何かしら彼をそそるものがあった。決して「蜘蛛男」以下の犯罪ではないという予感があった。((あん)(じょう)、彼はこの事件では、一時は(まった)く犯人の(ため)飜弄(ほんろう)され、死と紙一重(かみひとえ)瀬戸際(せとぎわ)まで追いつめられさえした)のみならず、彼がこの事件に乗気(のりき)になったのには、もう一つ別の理由があったのだ。
 素人探偵と恋愛。どうも変な取合(とりあわ)せだ。ドイル(きょう)()つて、ある映画俳優から、ホームズに恋をさせてくれと申込まれて、ひどく困ったことがある。それ程、探偵と恋とは(えん)が遠いのだ。だが、犯罪の裏には(ほとん)ど例外なく恋がある。その犯罪の解決に当る探偵家が、恋知らずの木念人(ぼくねんじん)でどうして(つと)まるものぞ、とも云える。そんな理窟は()(かく)、我が明智小五郎は、ある種の探偵家の様に、推理一点張(いってんば)りの鋼鉄製機械人形でなかったことは確かだ。
「蜘蛛男」事件が解決したその翌日、彼はトランク一つを()げて、上野駅から汽車に乗った。新聞記者責めのホテルを逃げ出して、たった一人になってゆっくり休息したかったのだ。彼を主賓(しゅひん)とする警視総監主催の祝賀会さえ断った位だ。
 何という訳もなく、湖がなつかしくて、中央線のS駅まで切符を買ったが、あとで考えて見ると、これが(すで)に、彼が「魔術師」事件に引入れられる第一歩であったとは、運命というものの気味悪さ。
 Sに着くと、聞き覚えていた、湖畔のホテルへ、いきなり車を命じた。
 秋の湖は、青々とした大空を映して、ほがらかに晴れ渡り、朝夕はやや小寒い気候が、明智の疲れ切った五体に、云うばかりなく快かった。ホテルの部屋も、部屋ボーイの山出(やまだ)し女も、日本風の浴場も、長い間不自由な外国の生活を送って来た彼には、(すべ)て凡て好ましいものばかりであった。
 彼はホテルの十日間を、何の屈託(くったく)もなく、腕白小僧(わんぱくこぞう)の様にほがらかに暮した。ホテルのボートを借りて湖水を()(まわ)るのが日課だった。ある時は同宿の誰彼(だれかれ)の可愛らしい子供達をのせては、彼の少年時代の「風と波と」の唱歌を、声高らかに歌いながら、鏡の様な水面に、サッサッとオールを入れた。

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