行业分类
魔术师-真赤な猫(1)
日期:2023-09-20 13:51  点击:259

真赤(まっか)な猫


「明智探偵七時半上野駅着」の報を受けた福田家では、明智を見知った一巡査を頼んで、自動車で駅まで出迎えに行って貰った。明智の来着と同時に波越警部も福田邸へやって来る手筈になっていた。
 ところが、八時頃になって、迎えの自動車は(から)っぽで帰って来た。巡査の報告する所によると、どうしたことか、福田家の大時計も、運転手の腕時計も、巡査の懐中時計も、揃いも揃って、十五分遅れていたのを、つい気がつかず、駅へ行って見ると、もう七時半の降車客は大半立去ったあとで、いくら探しても明智の姿はなく、止むを得ず引返して来たとのことであった。
 (いく)つもの時計が揃って遅れていたというのには、何か特別の意味がなければならぬ。だが、人々はそこまで深く考えなかった。出迎えが遅れた為に、あの様な一大事が起ろうなどと、誰が想像し得たであろう。
 福田氏はとりあえず、まだ庁舎に居残っていた波越氏に電話をかけて、事の仔細(しさい)を告げ、若しや明智氏がそちらへ立寄ってはいないかと尋ねて見た。
「イヤ、こちらへも来ていません。迎えの車が見当らねば電話をかけてくるでしょうが、それもない所を見ると、予定の汽車に乗り遅れたのかも知れません。明日の朝は大丈夫ですよ。それまで待って見ようじゃありませんか」
 と波越氏は存外(ぞんがい)呑気(のんき)な返事である。
 で、その晩は、二郎青年の外に、明智を出迎えに行った巡査に泊って貰うことにして、福田氏はさして心配もせず寝についてしまった。
 福田氏にせよ、波越警部にせよ、そんなに事が迫っているとは知らず、つい油断をしていたのは、誠に是非(ぜひ)もないことであった。紙切れの数字は「三」なのだ。仮令(たとえ)福田氏の恐怖が実現するとしても、まだあとに三日を余している。恐ろしいのは、数字が「一」となり「〇」となった時だ。それまでは何事も起る筈はない、明智小五郎の来着が一日遅れたところで、大した問題ではない。と思い込んでいたのだ。
 だが、犯罪者はいつもアルセーヌ・ルパンの様に、約束堅い正直者だとは(きま)っていない、(こと)に、彼等は、どうして探ったのか、明智小五郎の帰京を知って、事を起さぬ前に、()ず大敵の自由を奪った程の曲者だ。福田氏が警察の助力を(あお)いだことも知らぬ筈はなく、便々(べんべん)と十一月廿日を待って、相手の警戒網を完成させる()はしないであろう。
 それは兎も角福田氏の警護を(うけたまわ)った二郎青年と巡査某とは、二階の客用寝室に、ベッドを並べて、横になった。邸内の見廻りは、無駄骨折と分ったので、止してしまい、ただ福田氏の気休めに、泊っているという(まで)の事である。
 彼等両人にも、まだ三日間があるという、無意識の油断があった。それに、いざ十一月廿日が来たところで、どんな事が起るのかまるで見当がついていない。(あるい)は何事もないのかも知れぬ。どうやら、何事もない方が当然の様にも思われる。全く雲を掴む様な話なのだ。波越氏が「この事件は明智さんの領分だ」と逃げたのも(もっと)もである。
 で、二郎も巡査も、強いて目を覚ましていなければならぬとも思わなかった。起きていた所でどうせ何事もないに極っていると、たかを括っていた。
 だが、曲者は、上野駅で明智をさらった手際でも分る様に、人の虚を突く術を心得ていた。一同が幽霊通信に慣れてしまって、(むし)ろ曲者の巧みな暗示にかかって、油断し切っていたその夜、正しくは十一月十七日の深夜、予告の日限に先だつこと三日にして、突如、戦慄すべき大犯罪は行われたのである。
 二郎青年は、真夜中頃、異様な(ふえ)()にふと目を覚ました。
 耳をすますと、階下の主人の寝室と(おぼ)しきあたりから、何とも云えぬ、物悲しい調子の横笛(フリュート)の音が、細々と響いて来るのだ。()まった曲を調(しらべ)ている訳ではなく、(ただ)なんとなしに、出鱈目(でたらめ)に吹き鳴らすといった調子だけれど、その節廻しが、不思議にも哀深く、美しく、例えば綿々たる(うら)みをかき口説(くど)くが(ごと)く、尽きせぬ悲愁(ひしゅう)(なげ)くが如く、一度耳にしたならば、一生涯忘れることが出来ない様な種類のものであった。
 福田氏は横笛(フリュート)なぞ吹けないのだし、それにこんな真夜中、仮令誰にもせよ笛を吹いているなんて変だ。「空耳かしら、いやいや確かに横笛(フリュート)の音だ。しかも、叔父さんの寝室に間違いはない。若しや……」と思うと、二郎はちりけに氷でも当てられた様に、ゾッと身がすくんだ。
 やがて、笛の音はパッタリやんだ。もういくら耳をすましても、聞えては来ぬ。
 二郎はいきなり、隣のベッドの巡査をゆり起した。
「どうもおかしいことがあるんです。僕と一緒に下へ降りて見てくれませんか」
 二人ともパンツのまま横になっていたので、上衣(うわぎ)を着ればよいのだ。巡査は用意の為に帯剣(たいけん)までつけて、階下に降りた。邸内は死んだ様に静まり返っている。薄ボンヤリした常夜燈(じょうやとう)を便りに廊下(ろうか)一曲(ひとまが)りすると、そこに福田氏の寝室なり書斎なりの(ドア)がある。

小语种学习网  |  本站导航  |  英语学习  |  网页版
09/26 05:19
首页 刷新 顶部