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魔术师-真赤な猫(2)
日期:2023-09-20 13:53  点击:288

 二郎はビクビクもので、その(ドア)を押し試みたが、内側から鍵をかけたままと見えて、ビクともしない。だが何となく異様な予感がある。
「主人を起して見ましょうか」
「そうですね。念の為に」
巡査も賛意を表したので、二郎はドアの鏡板(かがみいた)をトントン叩いて、「叔父さん、叔父さん」と呼んで見た。二三度同じことを繰返したが返事がない。
「やっぱり変ですよ」
二郎はもう真青(まっさお)になって、次に取るべき手だても思浮(おもいうか)ばぬ様子だ。
「鍵穴から覗いて見ましょう」
流石巡査は思いつきよく、腰をかがめて鍵穴を覗いていたが、やがて振向いた彼の顔は、恐ろしく緊張して見えた。
「血、血です。……」
「エ、じゃ、叔父さんは……」
「多分もう息はありますまい。この戸を破りましょう」
庭に廻って窓から入ろうにも、鉄格子が邪魔をしているので、火急の場合、その(ドア)を打破る外に方法はなかった。
二郎は廊下を走って、書生を起し、(おの)を持って来させ、それで(ドア)の鏡板を乱打した。
騒ぎに家中の召使達が(婆やと女中二人)駈けつけて来た。
頑丈な(ドア)であったが、斧の乱撃には耐えず、メリメリと音がして、上部の鏡板が、大部分破れ落ちてしまった。
二郎と、巡査と、召使と都合六つの首が、その破れ目にかたまった。だが、彼等は何も見なかった。見る隙がなかった。恐ろしい勢で顔にぶつかって来る、大きな真赤な何かの(かたま)りを意識して、ハッと飛びしさって、道を開いたからである。
それは一匹の真赤な猫であった。いや真赤な猫なんてある筈はない。実は福田氏が飼っている、純白の雄猫なのだが、それが全身に血潮(ちしお)をあびて、物凄い赤猫と化けてしまったのだ。
不気味な動物は、(ドア)の破目から廊下に飛出すと、二三度ブルッと血震いをして(その度毎(たびごと)に赤インキの様な鮮血が、壁の腰板に生々しくはねかかった)人々に向って、恐ろしい形相(ぎょうそう)で、真赤な背中をムクムクと高くした。
人々はその時、怪猫(かいびょう)口辺(こうへん)を見た。そして余りの恐ろしさに、思わず顔をそむけないではいられなかった。
浅間(あさま)しい動物は、主人が死んだとも知らないで、全身真赤になる程も、血みどろの死体にじゃれついていたものに相違ない。じゃれついたばかりではない。彼は主人の傷口をなめ、流れる血のりを呑んだのだ。そうでなくて、あんな恐ろしい口になる筈はない。(のこぎり)の様な鋭い歯まで真赤に染っていたではないか。舌の上にはとろとろした血のりが(たま)っていたではないか。彼はその舌で、ポトポトと赤いしずくを()らしながら、口辺を()め廻した。
「ミャオー」と一声、不気味に優しい鳴声を立てると、真赤な猫は、人々の驚きを無視して、点々と血潮の足跡を(いん)しながら、ノソリノソリ裏口の方へ歩いて行った。まるで彼自身が殺人犯人ででもある様に、奥底の知れぬふてぶてしさで。
人々は次に、(ドア)の破目から、室内の様子を眺めた。
ともしたままの明るい電燈の下に、福田氏のパジャマ姿の下半身が横わっていた。胸から上は寝室に隠れて見えぬのだ。恐らくは猫がじゃれついた為であろう、足の先まで血に染っている。
だが、異様に感じられたのは、死体そのものよりも、死体の上やその周囲に、(あたか)も死者を(ともら)い死体を飾るものの如く、(おびただ)しい野菊の花が、美しく散り乱れていたことである。
人々は咄嗟(とっさ)の場合、深くも考える余裕を持たなかったけれど、あとになって思い合わせば、(この)殺人には、奇妙な予告や、全く出入口のない、密閉された部屋を、犯人はどこから這入りどこから逃げたかという様な点を別にしても(それらの点が、この事件全体を妖異不可解ならしめた、(いちじる)しい特徴であったことは勿論(もちろん)だが)()らにその外に、二郎が耳にした物悲しき横笛(フリュート)の音、今又この死体を飾る、可憐なる野菊の花束、これは(はた)して何を語るものであろう。若しや犯人は、我れと我が殺害した死人を弔う為に、横笛(フリュート)弔歌(ちょうか)(かな)で、野菊の花束を贈ったのではないだろうか。だが、どこの世界に、その様な酔狂(すいきょう)な手数をかける犯罪者があるであろう。
余談はさておき、()(かく)も死体を調べて見なければならぬので、二郎は(ドア)の破れ目から手を差入れて、鍵を廻し、扉を開いて室内に這入った。巡査、召使等も後に従った。
二郎は何気なくツカツカと死体の側へ近づいて行った。そして、血まみれの足の所に立って、寝室との境の壁に隠れていた、死体の上半身を一目見ると、どうしたのであろう、彼は何か木製の人形みたいな恰好で、そこへ棒立ちになってしまった。口を動かしているけれど、余りの事に声も出ない様子だ。
「どうしたんです」
巡査が驚いて駈け寄るのと、二郎の棒の様な身体が、彼の両手の間へ倒れかかるのと同時だった。
「ワッ、これは、……」
流石の巡査も、今二郎が見た、死体の上半身を覗くと、思わず悲鳴を上げた。
一体そこには何があったのか、二郎青年に脳貧血を起させ、商売人の警官を(ふる)え上らせたものは、そもそも何であったのか。


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