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魔术师-肉仮面(1)
日期:2023-09-20 14:06  点击:297

肉仮面


 明智は落ちついて食事を済ました。毒殺の心配はない。殺そうと思えば、眠っている間にいつでも殺せたのだから。食事をしながら見ると、部屋の一方に大きな本棚があって、ギッシリ金文字が詰まっている。その隣りの壁には西洋道化師のお面なども懸けてある。一方の隅の花瓶には、無雑作(むぞうさ)に投入れた野菊の花束。読物はあるし、部屋は立派だし、食事は贅沢だし、何一つ不足はない。監禁者というよりも、大切な御客様の待遇だ。
 食事が済むと、どこかで見張ってでもいた様に、ドアが()いて、さっきの娘が現われ、盆を下げる(ついで)に、葉巻の箱を置いて行く。至れり尽せりだ。
「やっと、僕の境遇が分りましたよ。それにしても、君は実によく気がつきますね。どっかに見張りの穴でもあるのですか」
 立去ろうとする娘の手首を掴んで、明智は笑いながら云った。
「そんなものありませんわ」
 娘はソッと手を振りほどいて、にこやかに答えた。
「僕手が洗いたいのだが」
 彼は真実必要に迫られていたのではない。そういう場合この鎖をどうするのかと、試して見たかったのだ。
 すると、娘は黙って彼の足元に(うずくま)ってポケットから小さな鍵を出し、足首の鉄の輪を解いてくれた。
「で、僕は自由になった訳ですね。逃げようと思えば逃げられる訳ですね」
 明智はニヤニヤ笑って云った。
「アア」娘は本当にびっくりしたらしく、サッと青ざめて、矢庭(やにわ)に服のうしろの方から、小型のピストルを取出したかと思うと、震える手に彼を狙った。
「逃げてはいけません。どうしたって逃げられないのです。あたしを困らせないで下さい。お願いです。お願いです」
 彼女は、悲し相な顔をして、本当に頼むのだ。どうも(うそ)ではないらしい。変だなと思ったが、今の明智はそんな事位構っていられない。
「冗談ですよ。冗談ですよ。逃げたりなんかするもんですか」
 と笑って見せて、娘の油断している(すき)に、一飛びに飛びついて、彼女のピストルを奪いとってしまった。
「アッ、あなたは何も御存知ないのです。いけません、いけません」
 と取り(すが)る娘を振りはらって、ドアの外へ飛出したが、廊下は真暗で、どちらへ行ってよいか分らぬ。ためらっていると、突然、背中へコツンと堅いものが当った。
「手を上げろ。ピストルを投げろ。さもないと、君の背中に穴があくぜ」
 背中の堅いものはピストルの筒口だった。闇の廊下に一人の覆面の大男が、彼を待受けていたのだ。
 で、結局、又しても動物園の熊に逆戻りだ。明智は足に鉄の輪をはめられながら、なる程こいつは厳重だわい。うっかり出来ないぞと心を引しめた。
「余計な手数をかけるもんじゃない。おとなしく寝ているがいい」
 覆面の男は云い捨てて、娘をつれて出て行ってしまった。
 明智は仕方なくソファの上に横になったが、彼の監禁が厳重であればある程、一方福田得二郎氏に対して行われている陰謀がどれ程重大なものか察しがつく訳だ。じっとしてはいられない。
 彼は眠ったふりを装って、今晩中に足の鎖を切断してやろうと決心した。で、三十分ばかり、(いびき)さえ立てて、寝入った(てい)に見せかけたのち、ドアの鍵穴に紙を詰め、室外の物音に耳をすましながら、ポケットナイフを取出し、鎖の切断作業に取かかった。切断したままそ知らぬ顔をしていて、娘が朝の食事を運んで来た時、部屋を飛出せばよい訳だ。
 非常に骨の折れる仕事であったが、四五時間もかかって、直径三()程もある鎖をやっと切り取ることが出来た。で、切断した(はし)を身体の下に隠して、何食わぬ顔をしていると、これはどうだ。まるで、鎖の切れるのを待兼ねていた様に、又してもドアが開いて、今度は二人の覆面の大男が、一人はピストルを構え、一人は長い麻繩を持って這入って来ると、唖の様にだんまりで、ソファに寝ていた明智を、そのままソファぐるみ、グルグル巻きにして、全く身動きも出来なくなったのを確め、黙ったまま、ノッソリと出て行ってしまった。
 さっきから、どうもそうではないかと思っていたが、これで、この部屋のどこかに見張りの穴があることが明瞭になった。
 一体どこから覗いているのかと、明智はソファに縛られたまま、首丈けを動かしてグルッと部屋を見廻したが、どこにもそれらしい隙間はない。ドアの鍵穴にはちゃんと紙が詰めてある。
 窓のない常夜(とこよ)の部屋、眩暈(めまい)の様にゆれる部屋、その上に、今は又、隙間もないのに、絶えずどこからか見張られていることが分った。凡てが普通でない。どこかしら、飛んでもない思い違いがある様な、名状(めいじょう)(がた)い不思議な気持だ。
 流石の明智小五郎も、(きつね)につままれた形で、次に採るべき手段も浮ばずぼんやりと正面の壁を見つめていた。
 丁度彼の目の行く(あたり)の壁に、例の装飾用のお面がある。真白な顔の頬と額に滑稽な赤丸を塗りつけ、細くした目の線と直角に、頓狂な縦の黒い(くま)を描き、紅白だんだらのとんがり帽を冠った、西洋道化師の土製のお面だ。
 彼は何気なく、そのお面を、長い間眺めていたが、そうしている内に、不思議なことに、明智の表情が変って来た。ぼんやりしていた目が、爛々(らんらん)と輝き出し、ゆるんでいた口元がキッと引締った。

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