行业分类
魔术师-肉仮面(2)
日期:2023-09-20 14:07  点击:241

「アハハハハ、おい、クラウン、ジョーカー、それとも君はピエロという名前かね。よくまあ、そうしてじっとしていられたもんだね。退屈じゃないかね。ハハハハハハハ、駄目だよ駄目だよ。ホラ(またた)きをした。ホラ口元が(ゆが)んだ。よし給え、よし給え。君が本物の人間だってことは、とっくに分っているんだから」
 と、驚くべきことが起った。壁にかけた土製のお面がカッと目を見開き、口を動かして、(これ)に答えたのだ。
「やっと分った様だね。だが名探偵明智小五郎にしては、ちと遅過ぎたよ」
 そこには元々土製の道化面が懸けてあったのだが、賊はそのお面と同じ化粧をして、時々壁の穴からお面を引込め、その跡へ自分の首を突出して、食事を運ぶ娘の見張りをしたり、一人ぽっちになった明智の行動を探ったりしていたのだ。
 その(のち)思い合わせると、この道化面の男は恐らく賊の主魁(しゅかい)であって、先の覆面の二人は、上野駅で明智を虜にした自動車運転手とその助手に化けていた奴であろう。
「で、君は僕の自由を奪って置いて、一体全体何をしようというのだね」
 横ざまにソファに縛りつけられた明智が云う。
「何をしようだって? それよりも、何をしたかって聞いて貰いたいね」
 壁の道化面が答える。何という珍妙不可思議な対話であろう。だが、この滑稽な姿の両人が喋る言葉は、一騎討ちの真剣勝負だ。
「エッ、それじゃ」明智は驚いて叫んだ「君はもうやっつけたのか」
「やっつけたとは? 福田の親爺のことかね」
「ヤ、それじゃ、貴様、福田氏をどうかしたんだな」
「首と胴とを別々にした丈けさ。……だが、俺の仕事はそれで終った訳じゃない。俺には先祖から伝わった大使命があるんだ。その使命の為に、俺は生れ、教育を受け、四十余年の間苦しみに苦しんで来たんだ。それが、やっと目的を達しようという時になって、貴様という邪魔者が現われた。俺は世界全体を敵に廻しても恐れない。それ丈けの用意は出来ている。だが、君という怪物のことまで、勘定に入れて置かなかった。警察も裁判所も世間も怖くはないが、君はちと苦手なんだ。俺は君がどんな男だか知っている。君なれば俺の仕事の邪魔が出来るということを知っている。問題は権力や武器や人数ではない。智力だ。残念ながら君の智力が恐ろしいのだ。そこで、少々お気の毒だが、恨みも何もない君を、こうして監禁した次第さ。だが、俺は使命を果す外に、人の命をあやめ()くない。俺は殺人魔じゃない。だから君も、じっとおとなしくしていてさえ()れれば、充分歓待はする積りだ。暫くの辛抱だ。頼みだ。じっとしていて呉れ」
 道化面は昂奮(こうふん)に筋張り、厚い白粉(おしろい)を通して、顔面が真赤に上気しているのが見える程であった。決して嘘を云っているのではないことが分る。
「いつまで?」
 明智は冷然として聞き返した。
「一ヶ月、長く見積って一ヶ月だ。どうかその間ここにじっとしていてくれ」
「なんだって。一ヶ月だって。じゃあ貴様は、福田氏の外にも……」
「そうなんだ。俺の相手はあの男一人ではないのだ。だから君に頼むのだ。どうか俺の使命を果たさせてくれ」
「イヤだ」明智は駄々子の様に云い放った「仮令(たとえ)君の使命が、君にとってどんなに正当なものであるにもせよ、今の世に私刑を許すことは出来ない。イヤイヤ、そんなことよりも、僕は君が気に入ったのだ、君の四十余年の陰謀と僕の正しい智慧とどちらが優れているか、それが試して見たいのだ。僕はどうしたって、ここを抜け出して見せる。繩目が何だ。錠前(じょうまえ)が何だ。そんなものは僕にとって、全く無意味であることを、君は知らないのか」
畜生(ちくしょう)ッ」道化面が(しぼ)り出す様な声で叫んだ。
「じゃ貴様こんなに頼んでも、ウンと云わないのだな。どうしても、俺に無駄な殺生(せっしょう)をさせる気だな。それ程命が不用なのか。……だが、明智君、もう一度考え直してはくれまいか。俺は使命の為には、君の命をとる位何でもないのだ。併し、罪も報いもない人を殺しては、俺の気持がにぶる。先祖以来の大使命の手前恥しい。頼みだ。頼みだ」
 薄暗い石油ランプの光線なので、明智は気づかなんだけれど、道化面の厚い白粉を溶かして顔一面に膩汗(あぶらあせ)の玉が浮んでいた。
 悪魔の所謂(いわゆる)使命とは何を意味するかはっきりは分らぬけれど、福田氏の外になお数人の命を奪うことであるらしい。仮令如何なる理由があるにもせよ。それは許すべからざる大罪だ。
 明智は如何にしても、その様ないまわしき使命に(くみ)する気にはなれぬ。で彼は云うのだ。
「それ程僕に手を引かせたければ、ここにたった一つの方法がある」
「それは何だ。それは何だ」
「つまり、君が大使命とやらを思い切るのさ」
「畜生ッ、その広言を忘れるな。望み通り今に息の根をとめてくれるから」
 云うかと思うと、スッポリ肉仮面が引込んで、あとの穴へ、向う側から本物の土のお面がはめこまれた。
 間もあらせず、ドアが開いて、総勢四人、ドヤドヤと這入って来た。化粧丈けでなく服装まで道化師のだんだら染めを着込んだ怪人物、二人の覆面の男、これ丈けは素顔を現わしたさっきの美しい娘。
 道化師は手に不気味な注射器を持ち、覆面の二人は各々ピストルを構えて、明智が身動きでもすれば、ぶっぱなす気勢を示し、娘は何ぜか青ざめて、物悲しげな様子である。
「だが安心するがいい、痛い思いはさせない。この部屋に血を流すのがいやだし、それに、君には何の恨みもないのだから、この注射針で極楽往生をさせてやる。言い残すことはないか。思い返して命を助かる気はないか」
 最後の宣告である。危い危い。身は十重二十重(とえはたえ)に縛りつけられ、二挺のピストルは胸の前に筒口を揃えている。鬼神(きじん)にあらぬ明智小五郎、如何にして、この絶体絶命の大危難を逃れ得るであろうか。

小语种学习网  |  本站导航  |  英语学习  |  网页版
09/26 03:26
首页 刷新 顶部