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魔术师-花園洋子
日期:2023-09-20 14:13  点击:263

花園洋子


 お話変って、丁度その時階下の一室に集っていた人々は、どこからか響いて来る微かな悲鳴を聞いた。彼等は思わず顔を見合わせて、聞耳を立てた。確かに人の泣き声だ。しかも、その声の調子にどこやら聞覚えがある。
「ア、兄さんがいない。兄さんはどこへ行ったのです」
 一座を見廻していた二郎が叫んだ。誰も答える者はない。皆真青な顔をして黙り込んでいる。
「僕、探して来ましょう」
 二郎は立上って、廊下へ出た。廊下の(はし)から端へと兄を尋ねて歩いた。二階へ上った。そこにも兄の姿は見えぬ。併し叫び声は、どうやら上から聞えて来ることが分った。彼はふと思いついて、時計塔への階段の下に立止った。もう叫声は聞えぬ。だが念の為だ。彼はいきなり駈け上った。三段一飛びの勢いで頂上の機械室に達した。
 見ると、歯車の間に(うごめ)く人影。又しても彼だ。
「オイ、音吉じゃないか。そこで何をしている」
 二郎の怒鳴り声に、相手はハッとした様に振返った。音吉爺やだ。
「オイ、音吉、お前そこで何をしているのだ」
 二郎がつめ寄ると、音吉爺やは意外にも、(かえ)って「丁度よい所へ」と云わぬばかりの様子で、小暗い隅に横わっている一物を指さした。よく見ると、それは探していた兄一郎のグッタリとなった死骸の様な身体であった。
「どうしたんだ。誰が兄さんをこんな目に……」
 二郎は愕然として倒れた兄にかけ寄った。
 一郎は首のまわりに真赤な輪を巻いた様な、むごたらしい傷を受けていたが、(さいわい)、命に別状はなかった。彼は力ない声で、事の次第を物語ることさえ出来た。
 それによると、一郎を救ったのは音吉爺やであった。彼は二郎と同じく悲鳴を聞きつけて、塔に昇り、きわどい所で、大時計の機械を止め、時針を逆行させて、危く一郎の命をとりとめることが出来たのだ。
 と聞いて見ると、兄の助かったのは嬉しいけれど、二郎は妙にがっかりしないではいられなかった。音吉爺やはただの忠僕(ちゅうぼく)に過ぎなかったのか。イヤイヤどうもそれは信じられぬ。あいつは妹の妙子に石つぶてを投げたではないか。又彼女が(きずつ)けられた時、ドアの処でモゾモゾしていたのは誰であったか。外に出入口の全くない部屋で人が傷ついていた。しかもそのドアには締りがしてあったというのだ。あり得ないことだ。戸締りをしたのは、犯人自身――即ち音吉爺やその人であったとしか考えられぬではないか。
 では、なぜ彼は、そのままにして置けば死んでしまったに違いない一郎を助けたのか。それは従来の犯人のやり口から想像するに、玉村一家の悲嘆と恐怖とを出来る丈け長びかせ深める為の一手段であったかも知れない。つまり一(すん)だめし五()だめし、蛇の生殺(なまごろ)しに類する、比類なき残虐だ。
 と云って、何の確証もないのに、事を荒だてては却って不利である。よしよし、これからは、探偵になった積りで、一つあいつの一挙一動を厳重に見張っていてやろう。確かな紹介者があって雇ったのではあるけれど、もっとよく身元も検べて見なければなるまい。そして、何かしら、のっぴきならぬ確証を掴まないで置くものか。と、二郎は斯様(かよう)に心を極めた。
 一郎は首のまわりの妙な傷痕を別にすると、二三日ですっかり元気を恢復したが、妙子の方はそうは行かぬ。まだ外科病院で高熱に悩まされているのだ。
 ある日、妙子の友達の花園洋子が、彼女の病床を見舞った帰りがけに、玉村邸に立寄った。というのは、妙子の見舞は謂わば口実であって、事件の為に(しばら)く顔を見せなかった二郎青年に()う為である。洋子は東京の名ある女流音楽家の内弟子(うちでし)で、玉村一家とは妙子を通じて懇意(こんい)の間柄、二郎とは父玉村氏も黙認している程の恋仲であった。
 二人は人を避け、庭の木影の捨て石に肩を並べ、ホカホカと暖い陽をあびて、話をした。だが、今日は、いつもの様に甘い話ばかりではなかった。
「何だって? 僕が毎日手紙を上げたって? そんな筈はないよ。兄きや妹のことで、手紙どころではなかったのだからね」
 洋子が変なことを云ったので、二郎はびっくりして聞返した。
「でも、ちゃんとあなたの名前でお手紙が来ているのですもの」
「じゃ、どんなことが書いてあった? 僕は全く覚えがないんだ」
「それが分らないの。二郎さん、しらばくれているんでしょ。暗号の手紙なんか書いて置いて」
「暗号?」二郎は何かしらハッとした。「暗号って、どんな?」
「まだ、あんなこと云っていらっしゃるわ。文句もなんにもなくて、ただ数字が書いてある切りなんですもの。暗号じゃなくって」
「エ、エ、数字だって? 数字だって?」
「エエ、五から始まって、一日に一つずつ減って行くの、四、三、二、一、という具合に」
 二郎はそれを聞くと、真青になって、思わず立上った。
「洋ちゃん、それ本当かい。オイ、大変だぜ。その手紙は、福田の叔父さんを殺した、あの賊が書いたのだ。兄貴も妹も、同じ手でやられたのだ」
「マア!」と云った切り洋子は真青になった。
「で、『一』という手紙はいつ受取ったの。若しや……」
「エエ昨日ですわ。そしてね、『一』と大きく書いた下に、急にお話したいことあり、明日必ず御出(おい)で下さい。とあなたの手で書いてありましたわ。で、妙子さんの御見舞を兼ねて、やって来たのじゃありませんか。おどかしちゃいやですわ」
「おどかすもんか。それは(にせ)手紙なんだ。僕の手を真似て、あいつが書いたのだ。あいつは何だって出来ないことはないのだからね」
彼奴(あいつ)って?」
「あいつさ。七尺以上の大男で、(フリュート)の巧い……」
 と云いさして、二郎はふと黙ってしまった。彼の顔に見る見る恐怖の表情が浮んだ。目は木立を通して、五六間の向うを凝視している。
 洋子もびっくりして、二郎の視線をたどると、木立越しに、ゆっくりと歩いて行く、一人の人物を発見した。
「あれ誰?」
「シッ」
 二郎は手真似で制して、その人物が彼方に去って行くのを待った。そして、その影が見えなくなると、やっと安心して、洋子の問いに答えた。
「近頃雇入れた、庭掃除の爺やで音吉というのだ」
「あの人、さっき門の所で()いました。叮嚀(ていねい)におじぎしてましたわ」
「あいつ、僕達の話を立聞きしていたのかも知れない」
「でも、あの人に聞かれては、いけませんの?」
「イヤ、そういう訳でもないが」
 と、二郎は曖昧に言葉をにごしてしまったが、犯人の魔手が、玉村一家を呪う余り、その一員である彼の恋人にまで及んで来たかと思うと、怪物の心理の、底知れぬあくどさに、奥歯がギリギリ鳴って来るのをどうすることも出来なかった。
 彼は父善太郎氏を始め、まだ邸内に警戒を続けていてくれた警察の人々に、この(よし)を伝え、洋子が帰宅する際には、厳重な護衛をつけて貰う様に取計らった。
 ところが、その相談を済ませて、父の書斎からホールへ出て見ると、ついさっきまでそこにいた洋子の姿が消えていた。彼女と話していた兄の一郎丈けが、一人ぼんやり(たたず)んでいる。
「洋子さんは?」
「君の部屋へ行ったんじゃないかい」
「僕の部屋へ?」
 二郎はもう唇の色をなくして、自分の書斎へ飛んで行った。誰もいない。廊下へ出て、「花園サーン」と呼んで見たが、答えはなくて、何事が起ったのかと、召使達が集って来るばかりだ。
 二郎は気違いの様に、門へ走って行って、そこに立番をしていた書生を捉えた。
「花園さんが、ここから出て行くのを見なかったか」
 と尋ねると、半時間程誰も通らぬとの答えだ。
 そこで、召使や刑事達と手分けして、邸内隈なく探し廻ったが、恋人は蒸発してしまった様に、どこにもその姿を見せなかった。

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