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魔术师-大魔術(1)
日期:2023-09-20 14:13  点击:299

大魔術


 一日二日とたつに従って、花園洋子の誘拐は確実となった。東京の女流音楽家、郊外の実家、その他心当りは漏れなく問合わせて見たが、洋子はどこにもいないことが分った。
 二郎は音吉爺やの身辺を抜かりなく監視していたけれど、これといって、変なそぶりも見えぬ。
 時々三十分か一時間程外出することはあるが、それは皆行先の分っているお使いばかりだ。
 新聞記者は警視庁と競争の形で、花園洋子行衛捜索に走り廻った。各新聞の社会面は、玉村家怪事件で埋められ、その外のあらゆる記事は、おしげもなく編輯者の屑籠(くずかご)に放り込まれてしまった。
 事件全体が、どうも正気の沙汰(さた)ではない。殊に玉村二郎にとって、この一ヶ月の出来事は、凡て凡て、一夜の悪夢としか考えられなかった。だが、夜が明けて日が暮れて、又夜が明けて日が暮れて、いつまでたっても事態は変化せぬ。夢ではない。夢ではない。では俺は気が狂ったのではないかしら。そして、一生涯、この恐ろしい幻を見続けるのではないかしら。
 事実、彼は少々気が変になっていたのかも知れない。誰にしたって、恋人が水の様に蒸発してしまったら、この世が全く別のものに見えて来るのは当り前だ。
 彼はもう余り考えなかった。ただ歩き廻った。邸の庭と云わず、邸の附近の町と云わず、ただ当てどもなく歩き廻った。心の(すみ)では、どこかの木蔭から、或は軒下から、ヒョッコリ洋子が現われてくるのを期待しながら。
 その日も、二郎は何の当てもなく、大森の町を歩き廻ったのだが、ふと気がつくと、今まで一度も通ったことのない、まるで異国の様な感じの町筋に出ていた。すぐ目の前に、田舎びた、古めかしい一軒の芝居小屋が建っている。ハタハタと冬空にはためく十数本の(のぼり)。そこには、一度も聞いたことのない奇術師の名前が染出してある。
「アア手品だな」
 と空ろな頭で考えて、小屋の(のき)に並んだ絵看板を眺めると、様々な魔奇術の場面が、毒々しい油絵で、さも奇怪に、物凄く、描いてある。古風な骸骨(がいこつ)踊り、水中美人、人間の胴中へ棒を通して担いでいる有様、テーブルの上で笑っている生首、どれもこれも、一世紀前の、手品全盛時代の、物懐しい場面ばかりだ。
 虫が知らせたのであろうか、彼はその小屋へ、フラフラと這入って見る気になった。まだ夕方で、演芸も大物はやっていなかったけれど、それでも、久しく忘れていた少年時代の好奇心が蘇って、小奇術の一つ一つが、ひどく彼の興味をそそった。そうして、他愛もなく手品などに見入っていることが、この頃の彼にとっては、得難(えがた)い休息でもあったのだ。
 番数が進んで、日が暮れる頃から、段々大奇術に這入って行った。座長の手品師は、いつも鈴のついた(とが)り帽子を(かぶ)って、顔を白粉(おしろい)で塗りつぶし、西洋の道化服を着て登場したが、田舎廻りにも拘らず、その手並みの見事なことは、大人の二郎でさえ余りの不思議さに、あっけにとられる程だった。
 水中美人、骸骨踊り、笑う生首、と演芸は一幕毎(ひとまくごと)に佳境に這入って行った。見物達は、もうすっかり、奇怪な夢の国の住民になり切って、酔った様に舞台の神技に見入っていた。
 二郎は何も知らなかったけれど、若し読者諸君が、この手品の見物の中に混っていたならば、舞台の上の一人物を見て、アッと叫声を発する程も、驚き恐れたに相違ない。()ぜといって、水中美人の演芸で、大きなガラス製タンクに横わった女、テーブルの上に、チョン切られた生首をのせて、ゲラゲラ笑った女は、諸君が亡き明智小五郎と共に、品川沖の怪汽船の中で出会ったことのある、あの怪物の娘の、文代という美しい少女であったからだ。して見ると、座長の道化服は、あの時明智に恐ろしい毒薬の注射針を()した、復讐鬼その人であろうか。そうとしか考えられぬ。では、彼等は、狙う玉村一家に間近い、この大森の町に、手品師と化けて入り込んでいたのか。

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