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魔术师-麻の袋(1)
日期:2023-09-20 14:16  点击:268

麻の袋


 駈け足が、急ぎ足となり、やがて並足(なみあし)となった。いつ方角を取り違えたのか、行っても行っても玉村の邸には出ず、同じ町筋を何度も何度もどうどう巡りをしている内に、二郎はいつか見も知らぬ町はずれの真暗な林の中を歩いていた。
 木立ちを通して、向うの方にチラチラと人家の明りは見えているけれど、闇夜のせいか、或は立並ぶ年を経た樹木のせいか、深山へでも迷い込んだ様な気持である。大森の山の手には、こんな森とも林ともつかぬ空地が所々にあって、昼間なれば何でもないのだが、闇夜ではあり、さい前からの変な気持の続きで、やっぱりそれも、悪夢の中の物凄い場面の様に思いなされるのであった。
 二郎には、それが、行っても行っても尽きぬ、怪談の森の様に感じられた。いや、彼は、もっと怖いことさえ考えていた。というのは、子供の時分よく聞かされた、お化けの話の中に、一人の子供が、真暗な町角で、朱盆(しゅぼん)みたいな顔をした、恐ろしいお化けに出会い、キャッと云って逃げ出して、別の町角まで来ると、よその小父さんに出会ったので、そのことを話す。小父さんが「そのお化けはこんな顔だったかえ」と云いながら、ニューッと顔を近づける。その顔が、何と、さっきのお化けとそっくりの朱盆に変っている。というのがあった。二郎は今、それと同じ恐怖を想像して、想像した丈けで、ゾーッと、髪の毛が逆立つ思いだった。
「きっと、きっと、あいつが、この林のどこかに隠れていて、今にも、バアと云って飛び出して来るに違いない」
 彼は夢の中の心理状態で、それを妄信(もうしん)していた。「あいつ」というのは、勿論、音吉爺やであったのだ。
「今にも、今にも」
 と、念仏みたいに、頭の中で繰り返しながら歩いていると、果して、行手の木蔭にうずくまっている、妙な人影を発見した。「ソラどうだ。あれが音吉に極っている」と闇をすかして、見れば見る程、やっぱり、それが音吉爺やのうしろ姿に相違ないことが分って来た。
 ギャッと叫び相になるのを、やっとこらえて、消えて行く思考力を、一生懸命呼び戻しながら、自分も木蔭に身を隠して、じっと様子を見ていると、音吉の方でも、何か大木の向側にあるものを熱心に見守っている様子である。
 何を見ているのかと、色々苦心をして、覗いて見るけれど、音吉の小楯(こだて)にとっている大木の幹が邪魔になって、その上闇夜の暗さに、そう遠くまで見通しが利かぬので、ただもどかしい思いをするばかりだ。
 暫くそうして我慢をしていると、突然、音吉の向うの闇の中に、もう一つ、蠢く黒影を発見した。ハッと思う間に、その黒い影がこちらへ歩いて来る。
 次の瞬間、恐ろしいうめき声と共に、二つの黒影が闇の中にもつれ合った。音吉がその男に飛びついて行ったのだ。
 二人は地上をコロコロ転がりながら、掴み合っている。相手も弱くはなかったが、老人の癖に音吉の腕力は恐ろしい程であった。
 見る間に、男は音吉の為に組みしかれて、悲鳴を上げた。
 事情は分らぬけれど、音吉を助ける筋はない。それに、相手の男は、今にも絞め殺され相な悲鳴を上げているのだ。
「コン畜生」
 と叫びさま、二郎は音吉目がけて組みついて行った。
 三つの黒影が、木の根にぶつかりながら、(ともえ)となって掴み合った。
 だが、いくら強いといっても、一人と二人では勝負にならぬ。組みしかれていた男が、はね起きた。余る力で音吉を突き飛ばして置いて、サッと飛びのくと、いきなり闇の中へ逃げ去ってしまった。
 取残された二郎こそ、迷惑である。彼は、まさか主人がこんな所へ来ているとは知らぬ音吉の為に、散々な目に合わされた末、先の男に代って、同じ様に組みしかれてしまった。
「貴様は何者だ」
 老人とも思われぬ強い声が尋ねた。
「手を離せ。俺は君の主人の玉村二郎だ」
「エッ、あなた、二郎さんですか」
 音吉は、さも驚いたらしく、押えていた手を離して立上った。
「どうして、こんな所へお出でなすったのです」
「君こそ、どうしてここにいるのだ。今の男をどうする積りだったのだ」
 二郎は逃がすものかと、音吉の胸ぐらを掴みながら、詰問(きつもん)した。
「イヤ、何でもないのです」音吉はしらばくれて、「あなたの御存じのことではありません。サア、その手を離して下さいませ」
「離すものか」
「では、この爺をどうしようとおっしゃるのです」
「分り切っているじゃないか。警察へ引渡すのさ」
「警察ですって。……、あなた、なにか思い違いをしていらっしゃる」
「思い違いなもんか。俺はすっかり知っているぞ。貴様が犯人だ。福田の叔父さんを殺したのも、妙子や兄さんを傷つけたのも、洋子さんを誘拐したのも、みんな貴様の仕業だ。俺はそれをちゃんと知っているのだ」
「それが思い違いです。わたしは、あなたが疑っていらっしゃることは、薄々感づいていました。併し、こんな思いがけない邪魔をなさろうとは、まさか知らなかったです」
「邪魔だって。僕が何の邪魔をした。今の男を殺そうとする邪魔をしたとでもいうのか」
「アア、もう今から追駈けた所で間に合わぬ。奴等はどっかへ姿を隠してしまったに極っている。チェッ、飛んでもないことが起ったものだ」音吉は残念そうに舌打ちをしたが、ふと気を変えて、「それじゃ、あなたの疑いをはらす為に、御目にかけるものがありますから、こちらへ来てごらんなさい。わたしも、それを確めて見なければならないのですから」
 二郎は、そんなことを云うのが、相手のトリックかも知れぬと考えたので、油断なく音吉の(たもと)を掴んだまま、あとに従って行った。
「あなたマッチをお持ちでしたら、一寸すって見て下さいませんか」
 音吉が云うので、二郎は、袂を離さず、あいている方の手で、ポケットから、ライターを取り出しカチッとそれを点火した。

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