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魔术师-明智小五郎
日期:2023-09-20 14:17  点击:245

明智小五郎


「アア、あなたは()しや、……嘘だ嘘だ。あり得ないことだ」
 二郎はまるで幽霊にでも出会った様な恐怖の表情で、あとへあとへと退(しざ)って行った。
「分りましたか」
 二郎は躊躇した。その名前を口にするのが、何となく恐ろしかったのだ。併し、彼はとうとう云った。
「明智小五郎……」
「そうです」
 音吉爺やの明智小五郎が答えた。
「併し、私は信じることが出来ません。あなたはとっくに死んでしまった人です」
「現にこうして生きているではありませんか」
「でも、あの新聞記事は? 月島海岸にうち上げられたあなたの死体は? 波越さんのお宅での告別式は? そして、あの立派な葬式は?」
「みんな賊を(あざむ)く為の非常手段です。今度の賊は犯罪史上に前例もない程恐ろしい奴です。四十年の間考えに考え抜いて着手した一家鏖殺(おうさつ)事業です。しかも僕を唯一の邪魔者と目ざし、犯罪に先だって僕を誘拐した用意周到さ、並大抵の手段では奴に対抗することは出来ない。非常の事件には非常の手段が必要です。僕は波越君と相談して、あの突飛な芝居をやった。新聞社を欺き世間を欺き、そして犯人を油断させたのです。僕は玉村さんの邸へ入り込んで、あなた方の身辺を守護する為には、どうしても、犯人に僕が死んだと見せかける必要があったのです」
 アア、それで一切が明瞭になった。犯罪が起る度毎に、音吉爺やが現場にウロウロしていたのは、彼が犯人でなくて探偵であったからだ。妙子が危く命をとりとめたのも、一郎が時計の針の断頭台から救われたのも、凡て明智小五郎の素早い行動のお蔭であった。彼がパチンコで妙子を狙ったことについては、後に分った所によると、あの時妙子は、知らずして毒薬の入った紅茶を飲もうとしていた。どこに賊が潜んでいるかも知れぬ。大声を出しては不得策だ。そこで、咄嗟の機転で、彼は丁度手にしていたパチンコを使い、コップを割って、飲むことが出来ない様にしてしまったのだ。
「分りました。僕は飛んだおさまたげをしてしまった。そうと分れば、こうしてはいられません。すぐ芝居小屋へ駈けつけましょう。警察へ知らせましょう」
 二郎は今度は、落ちつき払っている明智の態度に、イライラし始めた。
「イヤ、それはよしましょう。あなたはお宅へ御帰りなさい。僕もすっかりやり直しだ」
 明智は妙なことを云う。
「どうしてですか」
「僕はそんな普通の警察官のやり方を好まないのです。手遅れと分っている賊を今更追駈けて見た所で何の甲斐がありましょう。あの奸智(かんち)()けた賊のことだ、今夜の様なずば抜けた冒険の裏には、綿密細心な逃亡手段が準備されているに極っています。今頃あの小屋を包囲して見た所で、無論手遅れ、中はもぬけの空です」
「では、さしずめ採るべき手段は?」
「家へ帰ることです。そして寝てしまうのです。ただ明智が生きていたなんて、家族の方にも決して云っちゃいけませんよ。それが最も大切な点です。あとは何もやきもきなさることはありません。僕に任せて置いて下さい。もう音吉爺さんの変装も駄目になってしまったから、僕は全く別の第二の手段に……」
 突然明智の言葉が途切れた。ライターの淡い光に、彼の表情が見る見る緊張し、云い知れぬ喜びに輝いて行くのが見えた。彼の長い身体が、目に見えぬ早さで折れ曲り、踊り上ったかと思うと、四五間うしろの暗闇で、「アッ」という叫び声がした。さい前の賊がノコノコ立戻って、二人の様子を窺っていた。明智の投げた(つぶて)がそいつに命中したのだ。
追駈(おいか)けるんだ」
 明智が叫んで駈け出した。
 飛礫(つぶて)にひるまぬ賊が、闇の木立を縫って飛ぶ様に逃げて行く。追われる者も追う者も森を離れ、夜更けの町を黒い風の様に走った。
「馬鹿な奴だ。……あいつが今迄森の中にいたとすれば……まだ望みを失うのは早い。……うまくすると、賊の首領は芝居小屋にいるぞ」
 走りながら、明智が途切(とぎ)れ途切れに叫ぶ。
 賊の首領は洋子の死体が発見されたことをまだ知らないのだ。とすると、大胆不敵の彼のことだ。平気で奇術を演じ続けているかも知れない。
 恋人の(かたき)を捕える望みがあると分ると、一緒に走っていた二郎の胸に今更の様にムラムラとあの道化師の怪物に対する憎悪(ぞうお)が湧き上って来た。
 踏みつけて、叩きつぶして、眼の玉をくり抜き、歯を一本一本引抜いてもあきたらぬ、気違いの様な烈しい憎悪だ。
 競馬馬の様に首を延ばし、身体を四十五度に倒して、走り走る。夜更けの田舎町、誰一人とがめる者もない。
 五間の隔りが四間となり三間二間と縮まって行った。だが敵も去るもの、僅かの所で仲々捕まらぬ。一度は明智の右手が、賊の肩に触れさえしたが、残念残念、もう決勝点まで来てしまった。
 その芝居小屋は、木戸口は往来に面し、楽屋口はその横手の袋小路(ふくろこうじ)を這入った裏側にある。賊は無論楽屋口の方へ走り込んで行った。
 賊がこの小屋へ来た所を見ると、首領はまだ場内にいるのだ。忠実な部下は首領に急を告げる為に、楽屋へ飛込んだものに相違ない。
「二郎君、君はここで見張っていてくれ給え。楽屋口は袋小路だ。逃げ道はこの所しかない。奇術師らしい奴が出て来たら、容赦なく捕えるんだ。それから、木戸番に命じて警察へ電話をかけさせて呉れ給え」
 明智は二郎を残して置いて、楽屋口へ走った。

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