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魔术师-奇妙な取引
日期:2023-09-20 14:23  点击:308

奇妙な取引


 人違いだ。文代ではない。薄暗いので、今の今まで気附かなかったが、文代と同じ服装をした、別の娘だ。アア、何という早業、いつの間に、人間のすり替えが行われたのであろう。
 だが、もっと驚くべきことは、その娘が、知らぬ人でなかったことだ。知らぬどころか、大森外科病院の病室に寝ているとばかり信じていた、玉村妙子その人であったことだ。
 彼女は、さっき明智が、文代にした通り、グルグル巻きに縛られ、猿轡(さるぐつわ)をはめられて、物を云うことも、身動きすることも出来ず、涙に濡れた青ざめた顔で、じっと二人を見つめている。
 明智も二郎も、それを見ると、「アッ」と云ったまま立ちすくんでしまった。
「ハハハハハ、魔術師の早業がお目にとまりましたか。流石の名探偵どのも、ちと面喰(めんくら)いの形ですね」
 悪魔は、醜く顔を歪めて、毒々しく笑った。彼のピストルは、素早く妙子の脇腹にくっついている。形勢は一転して、今度は明智の方がおどかされる立場になった。
 あとで分った所によると、その日、玉村妙子は、もう傷口も殆ど()えたので、退屈の余り、病室を出て、病院の庭を散歩していたが、ちょっと看護婦が目を離している間に、どこへ行ったのか、姿が見えなくなってしまった。
 夕方になっても、帰らぬので、玉村邸へ電話をかけると、無論(やしき)へは来ていないという返事だ。そこで、警察へ届けるやら、捜索隊が八方に飛ぶやら、大騒ぎとなったが、その時分には、当の妙子は、とっくにこの海岸の一軒家へさらわれて来ていた。
 先に、賊の住家(すみか)の玄関脇の一室に、棺桶の様な長い箱が置いてあったことを記したが、妙子はその中にとじこめられていたのだ。そして、明智達が奥の方へ這入って行った留守に、賊の手下の奴が、柱に縛られていた文代と、棺桶の中の妙子とを、手早くすり替えてしまったのだ。名探偵の裏をかいて、アッと云わせてやろうという、例の魔術師の虚栄心である。
「素敵素敵、さすがは魔術師程あって、あざやかなものだね。君にかかっちゃ、僕のいたずらなどは子供だましさ」
 明智はこのお芝居が面白くてたまらぬという調子で、ニコニコ笑いながら、手にしていたピストルをポイと床の上へ(ほう)り出した。
 賊の手下が、素早くそれを拾い上げて、ポケットに入れた。
「オイオイ、そんなもの、大切(だいじ)相にしまい込んでどうするんだね。そいつは、君達の手品の楽屋で拾って来た、おもちゃのピストルだよ」
 若者はそれを聞くと、一寸たじろいだが、何食わぬ顔で、
「手品の小道具がなくなっちゃ、明日から興行が出来ないからね」
 とへらず口を叩いた。
「ところで、我々の勝負だが、この場の形勢は一体どちらに勝目があると思うね。君も満更(まんざ)ら馬鹿ではないのだから、その位の目先は利く筈だが」
 明智は手下などは相手にせず、賊の首領に向きなおって、大胆不敵の応対を始めた。
「俺の方には武器がある。人質もある。だが君の方は空手だ」
 賊が大様に答えた。
「この家をとり巻いている警官達を忘れた様だね」
「その連中が這入って来るまでには、妙子が死んでしまう。この娘の命と引換えなら、悪くない取引きだよ」
「ハハハハハ、嘘を云っても駄目だ。ホラ、君の顔はそんなに青いじゃないか。妙子さん一人の為に、君は四十年も苦労したのかね。君の目的はもっと外にあった筈だ。それを棒に振って、絞首台に上る程、あきらめのいい男でもあるまい。ハハハハハハ、そんな取引きは、悪くないどころか、君の方が大損をする訳だぜ」
 賊は急所をつかれて、グッと詰った。彼の額に見る見る苦悶の色が現われた。
「ヨシ、それまで知っているなら、痩我慢(やせがまん)はよして、ギリギリ決着の取引きをしよう。実際、俺は不意を打たれてびっくりしたのだ。偶然妙子をここへ連出してなかったら、俺は破滅してしまう所だった。この娘がいるばっかりにやっと助かるのだ。サア、妙子を売ろう。気を静めて、値をつけてくれ」
 流石に悪党だ。未練らしく躊躇していない。
「君の自由か。……若しいやだと云ったら?」
「ズドンと一発、妙子と心中だ。この世がおしまいになるばかりだ」
「高い取引だ。だが、妙子さんの一命には換えられぬ。承知した。君は自由だ」
卑怯(ひきょう)な真似をするんじゃあるまいな」
「ハハハハハ、妙子さんを受取って置いて、君を捕縛させるというのか。安心し給え。仮令君の様な悪党に対してでも、そんなことをするのは、僕の潔癖が許さんよ。さあ、繩を解き給え」
「だが、外に待っている連中を、どうして説き伏せるのだ。警察の奴らが、まさかこの取引を承知する筈はないぜ」
「ハハハハハ、段々弱音を吹くね。だが、あの連中は僕に任せて置き給え。君等は裏口から逃げればいいのだ。警官達は僕が表口へ集めてしまう」
 か様にして、不思議な商談が成立した。
 妙子は自由の身となって、兄の二郎の腕に抱かれた。二人の賊と、別室に隠れていた文代とは、手を引合って裏口へと走った。
「オイ、文代さんを大切にして上げてくれ給え。君には()しい娘さんだ」
 明智は賊のうしろから声をかけた。文代を一緒に逃がしてやるのは、何となく残りおしい感じがしたけれど、賊の実子とあっては、無理に引離す訳にも行かぬ。
 賊の一団が裏口を出ぬ先に、表へ飛出した明智が、合図の口笛を吹いた。建物を包囲していた警官達が残らず集って来た。
「諸君、賊はどこかの部屋へ逃込んでいるのだ。暗いのでハッキリしたことは分らぬ。それに相手はピストルを持っているから、注意して向ってくれ給え」
 警官達は、身構えをしながら、幾つかの部屋を、次から次へと探して行った。
 そのひまに、賊の一団が、裏口から外の闇へと、行方知れず逃去ったことは云うまでもない。

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