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魔术师-恐ろしき遺書(1)
日期:2023-09-20 14:26  点击:272

恐ろしき遺書(かきおき)


「何です。何があったのです」
 一郎と二郎とが殆ど同時に叫んだ。
「骸骨だ。五十年前に生埋めにされた男の骸骨(がいこつ)だ。あいつの云ったことは、嘘ではなかったのだ」
 父玉村氏が、あえぎながら云った。
 だが、ただ骸骨を見ただけで、あんなに驚き恐れるというのは、何だか妙に思われた。元気な一郎二郎の兄弟は、いきなり壁に突進して、煉瓦の隙間に手をかけると、力を合わせて、壁を引き試みた。
 すると、ガラガラと煉瓦がくずれ、そのうしろに、深い洞穴が現われた。煉瓦は、(あらかじ)めその部分丈け取りはずして、いつでもくずれる様、ソッと積み上げてあったのだ。
 洞穴の中には、ボロボロに破れた着物を着た骸骨が、くずれもせず、断末魔の苦悶の姿をそのまま、()しかたまっていた。
 骨ばかりで、どうして原形を保っていることが出来たか。土の上に寄りかかっていたからか。或は復讐鬼の奥村源造が、骨をつぎ合わせて、そんな形をしつらえたのか。いずれにもせよ、着物を着た骸骨の、生けるが如き断末魔の形相は、ゾッとする程恐ろしいものであった。
 土の中へ食い込んだ両手の指、異様な恰好に折れ曲った両足、よじれた胴体、食いしばった、むき出しの歯並、恐ろしい洞穴みたいな両眼。それが気違いの様に取乱(とりみだ)して、断末魔の踊りを踊っているのだ。
 流石の兄弟も、父親同様、「ワッ」と云って、顔をそむけないではいられなかった。女の妙子は、もう見ぬ先から(ふる)え上って、床に顔を伏せたまま身を縮めていた。
 自分達は少しも知らぬ事とは云え、これが父なり祖父なりに生埋めにされた男かと思うと、善太郎氏も一郎も二郎も、何とも云えぬ変な気持になった。
 どんなにか恐ろしかった事だろう。どんなにか苦しかったことであろう。煉瓦にとざされた地底の暗闇。永久に抜け出す見込みのない墓穴。そこで、この男は、だんだん乏しくなって行く空気にあえぎながら、ガリガリと土を掻いて、息の絶えるまで、もがき苦しんだのである。
 善太郎氏は、思わず洞穴の前にひざまずいて死者の苦悶をやわらげ、なき父の罪障消滅を祈る為に、念仏を唱えたが、ふと見ると、床に落散っている煉瓦の塊に、何かしら文字の様な掻き傷のあるのに気がついた。
 アア、さっき奥村源造が、煉瓦に刻んだ遺書(かきおき)と云ったのは、これのことだなと思うと、恐ろしさに身震いが出たが、恐ろしければ恐ろしい程、それを読んで見ないではすまされぬ気持ちで、あちこちにちらばった煉瓦の塊を継ぎ合わして、字とも絵とも見分け(がた)い掻き傷を、(恐らく懐中ナイフか何かを持っていて、暗闇の中で書きつけたものであろう)苦心して読み下して見ると、それは、次の様な身の毛もよだつ文句であった。((みさお)というのは、彼が不義を働いた、幸右衛門の(めかけ)の名だ)

操、ミサオ、ミサオ。
モ一度顔ガ見タイ。
ダガ、モウ出ラレヌ。一生涯出ラレヌ。
アア苦シイ。息ガ苦シイ。
真暗ダ。何モ見エヌ。
ミサオ、ミサオ、ミサオ。
オレハ死ヌ。モウ死ヌ。
ミサオ、コノ敵ヲ討ッテクレ。
オレヲ生埋(イキウメ)ニシタ奴ハ玉村幸右衛門ダ。敵ヲ討ッテクレ。
アイツヲ、アイツノ子ヲ、アイツノ孫ヲ、オレト同ジ目ニ合ワセテクレ、アイツノ一家ガ栄エテイテハ、オレハ死ニ切レヌ。死ニ切レヌ。
息ガ出来ヌ。苦シイ。胸ガ破レソウダ。
ミサオ、ミサオ、ミサオ。

 煉瓦の掻き傷は無論こんなに順序正しく現われていた訳ではない。或は大きく、或は小さく、或は縦に、或は(ななめ)に、或は横に、断末魔の苦悶をそのまま、しどろもどろに書きちらしてあるのを、乏しいライターの光で、苦心をしながら、やっと読み得たのだ。
「お前の親爺(おやじ)がどんな残酷な私刑をやったかが分ったか」
 不気味な声が響いて来た。鉄の扉に小さな覗き穴があって、そこから源造が喋っているのだ。
「悪魔! 貴様の父は不義を働いたのだ。他人の愛妾を盗んだのだ。その報いを受けるのは当り前だ。僕達がこんな不合理な復讐をされる筈はない。貴様は血迷っているのだ。気が違ったのだ。開けろ! この扉を開けろ」
 血気の二郎がたまり兼ねて、鉄扉を乱打しながら叫んだ。
「ワハハ……。不義だと? 他人の妾を盗んだと? 何も知らぬくせに、ほざくな。盗んだのはお前達の親爺の幸右衛門の方だぞ。俺はちゃんと検べ上げてあるのだ。金にあかして、人の恋人を横どりしたのだ。横どりして置きながら、不義呼ばわりをして、あまつさえ、こんな残酷な目に合わせたのだ。それが証拠に、見ろ。恋人が行衛不明になったと知ると、妾の操は、名も分らぬ病にかかって、日に日に痩せ細って行ったじゃないか。そして妾としての用が足りなくなると、幸右衛門は、操を妾宅から追出してしまった。
 その時、操は妊娠していた。幸右衛門はそれが不義者源次郎の子だということを知っていた。それは本当だった。

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