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魔术师-恐ろしき遺書(2)
日期:2023-09-20 14:27  点击:235

 操には身寄りのものもなかったので、みじめな裏長屋で、その子を生み落すと、間もなく病死してしまった。みなし子は、人の手から手へと渡って、大きくなって行った。
 親も兄弟も親戚もなんにもない、一人ぼっちの幼児(おさなご)が、この世から、どんな待遇を受けるかということを、君達は知っているか。学校へもは()れず、ろくろく食うものも食わないで、朝から晩までこき使われ、何かというと恐ろしい折檻(せっかん)を受けた。そのみなし子というのは、かく云う俺だ。(おれ)は源次郎と操の間に生まれた、呪いの子だ。
 俺は世を呪った。分けても俺達親子をこんな目に合わせた、幸右衛門を呪った。と同時に、この広い世界に、たった一人ぼっちの我身が淋しくてたまらなかった。俺は行衛不明の父を捜すために、どれ程骨を折ったことだろう。
 とうとう、この穴蔵を発見し、無残な父の骸骨と対面したのは、十七の年だった。俺は煉瓦の遺書(かきおき)を読んだ。そして、幸右衛門という奴は、母と俺とを、ひどい目に合わせたばかりでなく、父の源次郎を、生埋めにした下手人であることが分った。俺は父の骸骨に復讐を誓った。その時幸右衛門はもう死んでいたけれど、相手が死んだ位で、この深い恨みが消え去るものではない。父が死ねばその子、子が死ねば孫と、玉村一家の最後の一人までも、俺はこの恨みをむくいないでは置かぬと誓ったのだ。俺は一生涯を復讐事業に捧げる決心をした。貴様達に、俺の親爺が受けたと同じ、苦しみを与えた上、一人残らず殺してやろうと決心したのだ。俺の生涯は、ただその準備の為に費された。犯罪学の書物に読み(ふけ)った時代もあった。毒薬の研究に没頭した時代もあった。ピストルの射撃も練習した。手品師の弟子入りもした。軽業(かるわざ)も習い覚えた。そして、身体を練り、知恵を磨く一方では、復讐事業の資金を貯蓄する為に、あらゆる辛酸(しんさん)()めた。
 やっと四十年の努力は報いられた。俺は世間から魔術師と云われる腕前になった。資金も余る程貯えた。そこで、愈々(いよいよ)復讐事業に着手したのだ。俺は自信があった。計画は少しの遺漏(いろう)もなく運ばれることと信じていた。
 ところが、いざ復讐に着手する間際になって、全く思いもかけぬ障害が起った。素人探偵の明智小五郎だ。あいつが外国から帰って来て、例の「蜘蛛男」事件で、すばらしい働きを見せたのだ。俺はこの恐ろしい男と戦わねばならなかった。俺は戦った。だが、あいつの為に、俺の計画は半ば以上齟齬(そご)を来たしてしまった。いつも際どい所で、あいつが飛び出して来るのだ。妙子の場合がそうだ。一郎の場合がそうだ。俺は、あいつの虚を()く為に、心にもなく、玉村一家以外の人をさえ襲わなければならなくなってしまった。
 いや、計画がさまたげられるばかりではない。今では俺の身が危いのだ。ぐずぐずしてはいられぬ。そこで、俺は計画を早めて最後の幕を切って落すことにした。実を云うと、子供達を一人一人滅ぼして行って、さんざん恐れと悲しみを味わせた上、一人残った父親を、この穴蔵へおびき寄せる手筈だった。だが、そんな悠長な順序を踏んでいる余裕がなくなった。俺の楽しみは薄らぐけれど、仕方がない。とうとう今夜、最後の幕を切って落したのだ。
 サア、これで俺の云うことはおしまいだ。あとは、この扉の外へ、五十年前に貴様の親爺がやった様に、煉瓦を積んで、貴様達を生埋めにするばかりだ。
 精々(せいぜい)苦しむがいい。そして、俺の親爺の苦しみがどんなものであったかを、つくづく味って見るがいい」
 悪魔の長談義が終ると共に、覗き穴の蓋がカチンと閉って、外には又しても、煉瓦積みの物音が始まった。
 これで悪魔の復讐の動機が分った。彼の四十年の労苦も明かになった。だが悪魔はなぜか、彼の結婚について、その妻の死について、残された一人娘の文代について、何事も云わなかった。穴蔵にとじこめられた四人の者は、そんなことを疑っている暇もなかったが、考えて見ると、いくら復讐の為とは云え、可愛い一人娘を、平然として悪事の道連れにしている、源造の気が知れぬではないか。彼は娘がいとしくはないのであろうか。それとも、他に何か深い事情でもあったのかしら。針で突いた程の抜目もない悪魔のことだ。娘の文代についても、(さかのぼ)っては彼の結婚そのものにさえ、何かしら深い深い企らみが隠されていたのではなかろうか。

 

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