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魔术师-深夜の婦人客(1)
日期:2023-09-20 14:30  点击:318

深夜の婦人客


 お話変って、旗本屋敷の地下室に、この恐ろしい地獄の光景が展開されていた、丁度その時、我々の素人探偵明智小五郎は、近頃借り受けた、お(ちゃ)(みず)の「開化アパート」の新しい住居で、物思いに耽っていた。
 明るい快活な明智小五郎ではあったが、彼とても、探偵事件がうまく運ばぬ様な時には、憂欝(ゆううつ)に沈み込むこともあるのだ。
 借り受けているのは、表に面した二階の三室で、客間、書斎、寝室と分れているのだが、彼は今その書斎の、大きな安楽椅子に、グッタリと身を沈めて、彼の好きな『フィガロ』という珍らしい紙巻煙草を、しきりと灰にしていた。
 作者は七年程前に、「D坂の殺人事件」という物語で、書生時代の明智を読者に紹介したことがある。当時彼は煙草屋か何かの二階借りをしていて、その四畳半の狭い部屋に、書物の山を築き、書物に埋って寝起きしていたのだが、彼の書物好きは今でも変らず、「開化アパート」の書斎にも、外遊の間、友人に預けて置いた蔵書を取寄せ、四方の壁を隙間もなく棚にして、内外雑多の書籍を、ビッシリ並べている。いや、棚ばかりではない。例の調子で、デスクの上にも、安楽椅子の肘掛けにも、電気スタンドの台の上にも敷きつめた絨毯の床の上にさえ、ふせたのや、開いたのや、様々の書物を、まるで引越しの様に散らかしているのだ。
 それは兎も角、デスクの置時計は、もう十一時を示しているのに、寝ようともせず、彼は一体何を思い耽っているのであろう。外でもない玉村宝石王一家を襲う、魔術師の様な怪賊のことだ。
 大森海岸の一軒家で、妙子を取戻してからもう一ヶ月にもなる。その間、決して探偵の手をゆるめた訳ではないのだが、不思議な賊は(よう)として消息を断ったまま、どの方面にも影さえささぬのだ。
 海岸の一軒家を始め、例の魔術の興行された芝居小屋、海岸一帯の汽船など、心当りは漏れなく調べて見たけれど、用意周到な怪賊は、髪の毛一筋の手掛りさえ残して置かなかった。相手には、四十年の長い間、練りに練った用意があるのだ。どんな小さな行動でも、一つ一つ、ちゃんと練り上げたプログラムに従ってやっているのだ。こうすればどうなると、あらゆる場合が考慮されているのだ。いくら明智が名探偵であっても、こんな相手にかかっては、そう易々(やすやす)と勝利は得られぬ。
 魔術師の事を考えていると、いつの間にか頭に浮んで来る二人の女性があった。玉村妙子と賊の娘の文代である。
 妙子とはS湖畔のホテルで仲好しになり、今度の事件も、半分は妙子の為に手を染める様になったのだが、彼女との交際では、どちらかと云えば妙子の方から近づいて来た。甘い眼遣い、甘い言葉が、明智を虜にしてしまったのだ。管々(くだくだ)しいので一々は書かなかったけれど、事件が起ってからも、彼は度々妙子と二人切りで話をする機会があった。だが、妙なことに、二人の交際が深くなればなる程、明智の胸から恋らしい心持が薄れて行くのが感じられた。彼は妙子と友達以上の関係へ進んでいないのを、(むし)ろ喜びさえした。
 それは、非常に幽かではあったが、妙子の性質に、何かしらしっくりしないものがあったせいもある。だが、もっと大きな原因は、賊の娘の文代の出現であった。悪人の父とは似てもつかぬ美しい顔、美しい心、燃える様な純情。いつかの夜、玉村二郎に述懐(じゅっかい)したのでも分る様に、明智は賊の娘を恋し始めていた。文代の方でも明智を慕っている気持は、品川沖の怪汽艇での出来事以来、分り過ぎる程分っている。
 何と云う不思議な因縁(いんねん)であろう。名探偵は(かたき)と狙う賊の娘を恋している。娘の方では、真実の父親を裏切ってまで、明智に好意を示そうと、いたましくも悶えている。
「フフフ……、貴様は何という馬鹿者だろう。相手は殺人鬼の娘だ。出来ない相談だ。そんな妄想は綺麗さっぱり、西の海へ吹飛してしまえ」
 明智はフィガロの紫色の煙の中で、苦々(にがにが)しげに呟いた。
 と、丁度その時、何かの暗合の様に、隣の客間のドアに、ホトホトとノックの音が聞えた。
 十一時過ぎの来客だ。少しも当てがない。誰だろうと思いながら、物憂(ものう)く立って行って、ドアを開いた。
 廊下にションボリ佇んでいたのは、外套の毛皮の襟で顔を隠した、洋装の女であった。
「お間違いではありませんか。僕は明智というものですが」
 明智は予期せぬ来客に面喰って尋ねた。
「イイエ」
 女は毛皮の下から幽かに答える。
「では僕をお訪ねになったのですか。あなたはどなたです」
 女はやや暫くためらっていたが、やがて決心した様に、
「どうか、お部屋へ入れて下さいまし。誰かに見つかるといけません」
 と、さも(あわただ)しく云うのだ。
 商売柄、明智はさして驚きもせぬ。何か犯罪に関係があるなと思ったので、云うがままに室内に(しょう)じ入れて、ドアを閉め、スチームの暖房装置に近い椅子を勧めた。
夜中(やちゅう)失礼だと思いましたけれど、大変なことが起ったものですから」
 女は詫言(わびごと)をして、やっと外套を脱いだ。
「ア、君は、文代さんじゃないか」
 女の顔を一目見ると、明智がびっくりして叫んだ。今も今とてその人のことを考えていた、賊の娘の文代に相違ないのだ。
「エエ、あたしここまで抜け出してくるのが、やっとの思いでした。サア、早く外出の御用意をなすって下さいまし。玉村さん御一家の方々の命にかかわる大事です。父を捕えて下さいまし。あの悪者の父をこらしめて下さいまし」
 文代は泣かんばかりに云うのだ。娘が父を捕えてくれとは、よくよくのことである。

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