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魔术师-地上と地下
日期:2023-09-20 14:31  点击:242

地上と地下


 明智と文代が、旗本屋敷に到着した時には、已に所管警察署から数名の刑事が屋内に踏込んで、部屋部屋を捜索していた。
 明智が這入って行くと、波越氏から話があったと見えて、警官達は別に異議も云わず、寧ろ彼を歓迎する様に見えた。
「家の中はもぬけの空です、猫の子一匹いません」
 主だった私服刑事が報告した。
「玉村さん親子四人のものが、地下室にとじこめられているのです。地下室は調べて見ましたか」
 明智が尋ねる。
「ところが、地下室が見つからぬのです。どこに入口があるのだか、少しも見当がつきません」
 刑事が困惑して答えた。
「イヤ、それなれば、僕の方に案内者があります。妙な因縁で賊の娘がこの出来事を密告したのです。……文代さん、地下室はどこにあるのですか」
 明智が呼ぶと、文代は庭に面した縁側から駈け込んで来た。
「大変です。早くしないと間に合わぬかも知れません。今庭の池を見て来ましたが、水がグングン減っているのです。玉村さんはやっぱり土を掘って逃出そうとして、悪人の罠にかかっておしまいになったのです」
 彼女は青ざめた顔で、早口に云い捨てて、例の客間の隣の妙な部屋へ走って行った。一同もそれに続く。
「この押入れの中に、穴蔵の入口があるのです」
 文代は説明しながら、自分で(ふすま)を開いたが、一目その中を覗くと、アッと叫んで身を引いた。
 アア、何という大胆不敵の怪物であろう。彼は已に警官隊の来襲を察して、単身この穴蔵の入口に敵を待伏せしていたのである。
 押入れの中の上げ蓋が二三寸開いて、その下から、蛇の鎌首の様な人間の片腕が覗き、恐ろしいブローニングの筒口が、じっとこちらを狙っているのだ。
 明智も刑事達も、この怪物の死にもの狂いの抵抗には、流石にゾッとして、立ちすくまないではいられなかった。
     ×     ×     ×     ×     ×
 穴蔵の闇の中では、親子三人のものが、お互に手をとり合って、刻一刻増して来る水の中に、何とせん(すべ)もなく立ち尽していた。
 妙子は已に溺れてしまったのか、いくら呼んでも答はない。探そうにも暗闇の水の中、見当もつかねば、無闇に歩き廻る訳にも行かぬ。
 水面は、腰から腹、腹から胸と、恐ろしい速度で這い上り、うっかりすると渦巻く水に足をとられそうだ。
 やがて、胸から頸へと迫る水、身体が浮上って、もう立っていることも出来ない。時は極寒、凍った水がまるで鋭い刃物の様に、身にこたえる。
「お父さん大丈夫ですか」
 兄弟は老いたる父を気遣い、両方から、その(ふと)った身体を抱く様にして、時々声をかけて励ますのだ。善太郎氏は、もう観念をしたのか、物悲しい低い声で念仏を唱え始めた。
     ×     ×     ×     ×     ×
 地上では、一人の心利いた刑事が、どこからか太い竹竿(たけざお)を探して来て、その先に手頃の石を括りつけた。ピストルの(たま)の当らぬ様、押入れの外に身を隠して、その竹竿で怪物の手からピストルを叩き落そうというのだ。
 一同ピストル射場の外に出て、息を殺していると、刑事は竿の先を押入の天井まで上げて、(ねらい)を定め、怪物の腕を目がけて非常な勢で叩きつけた。
 ドシンというひどい物音。
 顔をそむけ、耳に蓋をしていた文代は、この物音に、アッと悲鳴を上げた。父の腕が叩きつぶされたかと思うと、流石に耐え難い苦痛を感じたのだ。
 腕はひしがれた。ピストルは手を離れて押入れの外へふっ飛んだ。
 ソレッと云うと、一同ひしがれた腕の上に折り重なる。と突如として起る哄笑(こうしょう)
「畜生め、一杯食わせやがった」
 竹竿の武器を考えついた刑事が口惜(くや)しさに、歯をむき出して叫んだ。
 怪物の腕と思ったのは、手袋に芯を入れて、巧みに(こしら)えた贋物(にせもの)で、ピストルは子供のおもちゃに過ぎなかった。それが、暗い押入れの中(ゆえ)、はっきり見分けがつかなかったのだ。
「馬鹿馬鹿しい。こんな案山子(かかし)の為に、二十分も無駄に費してしまった」
 それが賊の目的であった。万一救いの人々が駈けつけた場合ここで暫く食いとめて置けば、その僅かの相違が、穴蔵の玉村親子に取っては、生死の瀬戸際(せとぎわ)だ。念には念を入れた賊の用意である。
 案山子と分ると、刑事達は素早く上げ蓋をはねのけ、先を争わんばかりに、穴蔵へと下って行った。
 だが、その階段の下には、第二の関所が待構えている。積上げた煉瓦は、仮令完全に固っていなくとも、それをとりのけるには、随分手数がかかる。それから鍵をかけた鉄扉だ。刑事達の力で、果してこれを打破ることが出来るであろうか。
     ×     ×     ×     ×     ×
 穴蔵の水は、もう頸までの深さになった。
 一郎も二郎も、いつの間にか床から足を離して泳いでいた。善太郎氏は二人に助けられて、辛じて身体を浮べている。
 暗中の水泳がいつまで続くものでない。凍った水に、身体は段々無感覚になって行く。
「もう駄目だ。もう我慢が出来ない」
 一郎が譫言(うわごと)の様に、無残な叫び声を発した。
「もう力が尽きた。一層死んだ方がましだ」
 二郎もすすり泣きをして、兄の身体にしがみついた。父玉村氏は、已に死人も同然、グッタリとなって、物を云う力もない。
 アア、折角の文代の純情も、明智や刑事達の努力も、僅かの相違で仇となり、遂に玉村親子は、この穴蔵で凍え死にをしてしまう運命ではなかろうか。

 

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