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百面相役者(2)
日期:2023-09-21 15:02  点击:255

 ××観音は、東京でいえばまあ浅草(あさくさ)といった所で、境内(けいだい)に色々な見世物小屋がある。劇場もある。それが田舎()けに、一層(はい)たい的で、グロテスクなのだ。今時そんなことはないが、当時僕の勤めていた学校は、教師に芝居を見る事さえ禁じていた。芝居ずきの僕は困ったがね。でも首になるのが恐しいので、なるべく禁令を守って、この××観音なぞへは滅多(めった)に足を向けなんだ。随って、そこにどんな芝居がかかっているか、見世物が出ているか、ちっとも知らなかった。(当時は芝居の新聞広告なんて(ほとん)どなかった)で、Rがこれだといって、ある劇場の看板を(ゆびさ)した時には非常に珍しい気がしたものだよ。その看板がまた変っているのだ。

新帰朝(しんきちょう)百面相役者××(じょう)出演
探偵奇聞「怪美人」五幕

 涙香(るいこう)小史のほん(あん)小説に「怪美人」というのがあるが、見物して見るとあれではない、もっともっと荒唐(こうとう)()けいで、奇怪至極(しごく)の筋だった。でもどっか、涙香小史を思わせる所がないでもない。今でも貸本屋などには残っている様だが、涙香のあの改版にならない前の菊版の安っぽい本があるだろう。君はあれのさし絵を見たことがあるかね。今見直すと、実に何ともいえぬ味のあるものだ。この××丈出演の芝居は、まあ、あのさし()が生きて動いているといった感じのものだったよ。
 実に汚い劇場だった。黒い土蔵見たいな感じの壁が、半ばはげ落ちて、そのすぐ前を、(ふた)のない泥溝(どぶ)が、変な臭気を発散して流れている。そこへ汚い洟垂(はなた)れ小僧が立並んで、看板を見上げている。まあそういった景色だ。だが絵看板丈けはさすがに新しかった。それがまた実に珍なものでね。普通の芝居の看板書きが、西洋流の真似をして書いたのだろう、足が曲った紅毛(こうもう)へき(がん)の紳士や、身体中ひだだらけで、馬鹿に顔のふくれ上った洋装美人が、様々の恰好(かっこう)で、日本流の見えを切っているのだ。あんなものが今残っていたら、素敵な歴史的美術品だね。
 湯屋(ゆや)の番台の様な恰好をした、無蓋(むがい)の札売り場で、大きな板の通り札を買うと、僕等はその中へはいって行った。(僕はとうとう禁令を犯した(わけ)だ)中も外部に劣らず汚い。土間には仕切りもなく、一面に薄よごれたアンペラが敷いてあるきりだ。しかもそこには、紙屑(かみくず)だとかミカンや南京豆の皮などが、一杯にちらばっていて、うっかり歩いていると、気味の悪いものが、べったり足の裏にくっつく、ひどい有様だ。だが、当時はそれで普通だったかも知れない。現にこの劇場なぞは町でも二三番目に数えられていたのだからね。
 はいって見るともう芝居は始まって居た。看板通りの異国情調に富んだ舞台面で、出て来る人物も、皆西洋人臭いふん(そう)をしていた。僕は思った、「これは素敵だ、流石(さすが)にRはいいものを見せて()れた」とね。なぜといって、それは当時の僕達の趣味にピッタリ(あて)はまる様な代物なんだから。……僕は単にそう考えていた。ところが、後になってわかったのだが、Rの真意はもっともっと深い所にあった。僕には芝居を見せるというよりは、そこへ出て来る一人の人物(すなわ)ち看板の百面相役者なるものを観察させる為であった。
 芝居の筋もなかなか面白かった様に思うが、よくは覚えてないし、それにこの話には大して関係もないから、略するけれど、神出鬼没の怪美人を主人公にする、非常に変化に富んだ一種の探偵劇だった。近頃は一向流行(はや)らないが、探偵劇というものも悪くないね、この怪美人には座頭(ざがしら)の百面相役者がふんした。怪美人は警官その他の追跡者をまく為に、目まぐるしく変装する。男にも、女にも、老人にも、若人(わこうど)にも、貴族にも、賎民にも、あらゆる者に化ける。そこが百面相役者たるゆえんなのであろうが、その変装は実に手に()ったもので、舞台の警官などよりは、見物の方がすっかりだまされて(しま)うのだ。あんなのを、技神(ぎしん)()るとでもいうのだろうね。
 僕がうしろの方にしようというのに、Rはなぜか、土間のかぶりつきの所へ席をとったので、僕達の目と舞台の役者の顔とは、近くなった時には、殆ど一間位しか(へだた)っていないのだ。だから、こまかい所までよく分る。ところが、そんなに近くにいても、百面相役者の変装は、ちっとも見分けられない。女なら女、老人なら老人に、なり切っているのだ。例えば、顔のしわだね。普通の役者だと、絵具で書いているので、横から見ればすぐばけの皮が現れる。ふっくらとしたほおに、やたらに黒い物をなすってあるのが、滑稽(こっけい)に見える。それがこの百面相役者のは、どうしてあんなことが出来るのか、本当の肉に、ちゃんとしわがきざまれているのだ。そればかりではない。変装する(ごと)に、顔形がまるで変って了う。不思議で堪まらなかったのは、時によって、丸顔になったり、細面(ほそおもて)になったりする。目や口が大きくなったり小さくなったりするのは、まだいいとして、鼻や耳の恰好さえひどく変るのだ。僕の錯覚だったのか、それとも何かの秘術であんなことが出来るのか、(いま)だに疑問がとけない。

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