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火绳枪(5)
日期:2023-09-21 15:09  点击:301

「その前に、私はこの事件に(つい)て、私の信ずる所を申し述べてみようと思います。その筋の人は二郎君を犯人と認められているようですが、これは、この事件の真相を見誤ったものと言わなければなりません。二郎君に限らず、この事件には、どこにも林一郎を殺害した犯人はいないのです。二郎君に嫌疑をかけた第一の理由は、この火繩銃が彼の所有品である事に()るらしいのですが、これは(ごう)も理由にはならないと思います。如何に迂濶な人間でも、自分の銃で人を殺し、その上それを現場に置いて逃げる様な馬鹿な真似はしないでしょう。(かえっ)てこの事は、二郎君の無罪を証拠だてるものだと思います。第二の理由は、その庭にある足跡ですが、これも(また)反対の証拠を示しているに過ぎません。後でお調べになればよくわかる事ですが、往復共同じ歩幅で、しかもその歩幅は非常に狭いのです。殺人罪を犯した人間が、こんなに落ついて帰れるものでしょうか。(なお)、念の為めゆうべその足跡を辿(たど)って調べてみますと、馬鹿馬鹿しい事には、それは、このホテルの裏山の狂気娘が、裏の生垣(いけがき)(くぐ)って庭に忍び込んだ足跡とわかったのです。第三の理由は、二郎君が椿事のあった時間に、恰度(ちょうど)不在であって、その行き先を言わなかった事です。この事に就ては、私はあまり詳しい話は避け度いと思いますが、ただ、ボーイから、二郎君が外出すると直ぐ、二階に滞在している老紳士の令嬢が外出し、その令嬢は二郎君と(ほとん)ど同時に帰られたという事実を聞いた事のみ申し上げて置きます。この事は、或はもう二郎君が警察で告白したかも知れませんが」
 そこで、橘は言葉をきって、刑事の方を眺めた。刑事は首肯いて、暗黙のうちに橘の推察を肯定した。
 橘は再び語り初めた。
「最後に、一郎君と二郎君とが、真実の兄弟でないという事も、疑う理由の一つになっている様ですが、これは理由とするに足らない程薄弱な理由だと思います。それに、若し二郎君が一郎君に殺意を(いだ)いて居ったとしても、何もホテルなどという人目の多い場所を選ぶ筈はなかっただろうと思います。兄弟は毎日のように裏山へ狩猟に行っていたのですから、もし、やろうと思えばそこでいくらでも機会はあった筈です。若し運悪く現場を誰かに見られたとしても、そんな場所であれば、鳥か(けだもの)か、何かを射とうとして誤って殺したとでも何とでも言いれる(みち)があるのです。()(せん)(つめ)て来ますと、どこに一つ二郎君を疑う理由も見出せないのです。如何でしょう、これでも二郎君が殺人犯人でしょうか」
 橘の雄弁と推理のあざやかさには、唯もう感心する(ばか)りで、私は心の中で成程(なるほど)、成程、と叫び続けていた。橘は言葉を改めて、又語り続けた。
「初めは私も火繩銃が机の上に置いてあったり、死人のチョッキが煙硝で黒く焦げていたりしたものですから、或は自殺ではないかとも思いましたが、机の上にあった、二つの品の或る怖ろしい因果関係に気附いて、私は直ぐ自分の考えの間違っていたのを悟ったのです。次に足跡がこの事件に全く関係のない事がわかったので、この事件に犯人のある事を想像する事は、出来ない訳になりました。と、しますと、林君の死はいったいどう解釈したらいいのでしょう。犯人のない他殺とより、他に考え様はないのじゃないでしょうか」
 アア、犯人のない他殺。その様な奇妙な事実があるであろうか。一座の人々は固唾(かたず)を飲んで橘の言葉に聞入っていた。
「私の想像に間違いなければ、林君は昨日正午、中食(ちゅうじき)を終ると二郎君の部屋から弾丸(たま)の装填してあった火繩銃を持ち出して、この部屋に戻り、それをこの机に(もた)れ乍ら(もてあそ)んでいたのです。ところが、フト、友人に手紙を書かなければならない事を思い出したので、銃を机の上に置いたまま、手紙を書き(はじ)めたのです。その時、銃の台尻が恰度(ちょうど)この本立の隅に当っていたという事は、この事件に重大な原因を作ったのです。手紙を書き終ると、直ぐ、習慣になっています午睡(ひるね)の為めに、ベッドに横たわりました。それからどれ位経ったか、明確ではありませんが、一時三十分になって、実に怖るべき惨事が突発したのです。世にも不思議な犯人のない殺人が行われたのです」
 そう言い乍ら、橘はポケットから懐中時計を取り出した。
「さア、今一時二十八分です。もう一二分すれば、犯人のない殺人が行われるのです。この事件の真相がハッキリわかるのです。机の上の花瓶によく注意していて下さい」
 人々は手品師の奇術を見る様な気持でその玻璃瓶(はりびん)に十二の瞳を一斉(いっせい)に注いだ。
 と、その時私の頭に、ある事が稲妻のように(ひらめ)いた。そうだ。手品の種がわかった。事件の真相が明かとなった。
 アア、それは太陽と玻璃瓶の世にも不思議な殺人事件であったのだ。
 見よ、玻璃瓶は、窓から射す強烈な太陽の光りを受けて、(ほのお)のようにキラキラと照り耀(かがや)き、その満々と水を(たた)えた球形の玻璃瓶を貫いて、太陽の光線は一層強烈となり、机の上に置かれた火繩銃の上に、世にも怖ろしい(のろい)の焦点を作り初めた。
 焦点は太陽の移動と共にジリジリ位置を(かえ)て、今や点火(こう)の真上にその白熱の光りを投げた。と、同時に、鋭い銃声が部屋一杯に響き(わた)り、銃口からは白い煙がモクモクとゆらめいた。
 人々は一様に視線を寝台に移した。
 そこには胸を撃たれた藁人形が、ブスブス燃えて転がっていた。

 

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