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五つのダイヤモンド(2)
日期:2023-10-06 19:23  点击:269
 川村は例の新聞記事を読んでいたと見えて、この白髪の成金紳士にさも親しげな口を利いた。
「エ、瑠璃子さんといいますと?」
わしは小首を傾けて見せた。ナニ知らぬものか、わしの帰郷の最大目的は、過去の妻瑠璃子の息の根をとめることであったのだもの。だが、大牟田敏清ならぬ里見重之は瑠璃子を知ろう筈はない。
「イヤ、ご承知ないのはご尤もです。瑠璃子さんといいますのは、なくなった子爵の夫人で、当地の社交界の女王といってもよい方です。若くて、非常に美しい方です」
「ホウ、そうですか、大牟田はそんな美しい奥さんを持っていたのですか。わしも是非一度御目にかかって、故人のことなどお話ししたいものですね」
如何(いかが)でしょう、一度子爵邸をご訪問なさることにしては? 僕ご案内致しますよ。瑠璃子夫人はどんなに喜ばれるでしょう」
「イヤ、それはわたしも願う所です。(しか)し、まだ旅の疲れもあり、永年の異国住いで、貴婦人の前に出る用意も出来て居りませんから、訪問は二三日あとに致しましょう。併し、その前に、川村さん、あなたに一つご厄介を願い()いことがありますが、承知して下さるでしょうか」
「何なりとも……」
「イヤ、別に難しいことではありません。わたしは実は、あちらで買い溜めた少しばかりの宝石を、大牟田へ土産として持ち帰ったのですが、当人が死んだとあれば、それを、さし当り奥さんへのお土産にしたいのです。大牟田が生きていたところで、宝石などは、さしずめ奥さんの装身具となる訳ですからね。ところで、ご無心というのは、その宝石を、あなたから夫人に届けて頂き度いのですが、どんなものでしょうか」
「オオ、そんな御用なら、喜んでさせて頂きますよ。宝石好きな瑠璃子さんの笑顔を見る役目ですもの、誰だってこんなご用を辞退する者はありませんよ」
川村の奴、宝石と聞くと目を細くして、ホクホクものだ。瑠璃子への贈り物とあれば、恋人の彼にとって、我が財産がふえるも同然なのだから、ホクホクするのは無理もない。
わしはそうして姦夫川村と話しながら、同じ談話室の向うの椅子に、誰かと話し込んでいる一人の人物を、目の隅で捕えていた。何という幸運だろう。わしは少しも労せずして、川村に逢い、今又この人物を発見するとは。
「川村さん、あの向うの椅子に前こごみになって話し込んでいられる紳士は、どなたでしょう。わしは何だか、あの横顔に幽かな見覚がある様に思うのですが」
わしは川村の顔色を注意しながら、尋ねて見た。すると案の定、彼はいやな顔をして、
「あれは、住田という医学士です、近頃Y温泉の方から町へ出て開業している男です」
と不承不精に答えた。
「アア、お医者さんですか、それに住田という名前は記憶にありません。人違いです」
口ではそう云いながら、わしはこの住田医学士に近づき度くてウズウズしていた。それには川村がいては邪魔になる。こいつには、土産の宝石を持たせて、早く追帰すに()くはないと考えついたので、わしは川村をわしの部屋へ誘い出し、用意の小凾(こばこ)に納めた宝石を手渡しした。
「拝見しても差支ありませんか」
すると、川村()目を光らせて尋ねるのだ。
「いいですとも、どうかごらん下さい。お恥しい品です」
わしの言葉が終らぬ内、彼はもう小凾の蓋を開いていた。そして、一目その中の宝石を見るや、アッとばかり感歎の叫び声を発した。
「この大きなダイヤモンドを、五つともみんなですか。みんな瑠璃子さんへの贈物ですか」
「そうです。智慧のない贈物で恐縮しているとお伝え下さい」
わしは事もなげに答えたが、この高価な贈物には、川村ならずとも驚かずにはいられぬだろう。わしは予め上海の宝石商に見せて大体の値頃を鑑定させたところ、五つで三万円なら今でも頂戴するとの答えであった。いくら二十年振りの帰朝者とは云え、妻でもない女に三万円の贈物とは、少し大業だが、姦夫姦婦にわしの成金振りを見せびらかす為には、この位の奮発はしなければならぬ。
ちょっとした土産にもこれ程のことをするわしの全財産は、一体まあどの位あるのだろうと、川村の奴定めしたまげたことであろう。彼奴(きゃつ)等の度胆を抜くのがわしの目的なのだ。
そこで、川村は宝石の小凾をしっかり抱えて、コロコロと喜んでホテルを立去った。
これでよし、これでよし、仇敵川村と瑠璃子の両人に懇意をむすぶいとぐちはついたと云うものだ。
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09/25 15:29
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