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都会のジャングル(3)
日期:2023-10-08 11:25  点击:242


「フム、驚いたねえ。するとあの公園の(やみ)の中で、人間豹のやつがわれわれの眼の前を歩いていたんだね。そして、こんなものを君のポケットへほうりこんで行ったんだね」
恒川氏が驚嘆した。
明智は何かじっと考えこんでいた。
そんなはずはない。おれは眼の前にいる敵を見のがすほどぼんくらだろうか。しかも、そいつにポケットへ手を突っ込まれるなんて、かつて、経験したことのない侮辱だ。だが、どうも信じられない。おれの神経はからだじゅうに行き渡っているはずだ。ポケットに物を入れられて気がつかぬなんて、おれとしてあり得ないことだ。
「ちょっと待ってくれ。なんだかわかりそうだぞ」
明智の眼が昂奮(こうふん)のためにギラギラと光って見えた。
「何かカラクリがある。手品の種がある……そうだ。きっとそうだ。おい、恒川君、僕は大変な失策をやった。だが、まだ間に合うかもしれない。あいつだ。あのいざり乞食(こじき)をふん(じば)るんだ」
言い捨てて脱兎(だっと)のごとく()け出した。あとの三人もそのあとに従った。
一と飛びに二天門まで駈けつけたが、(あん)(じょう)、そこにはもう乞食の影もなかった。やっぱりそうだ。落とし物を教えるような顔をして、実はあいつ自身が、封筒を明智の通ったあとへ投げ捨てておいたのだ。そんなまねをするやつがほかにあるだろうか。あいつこそ人間豹の変装姿であったに違いない。かたわ乞食に化けて、浅草の雑沓(ざっとう)に隠れていようとは、なんというズバ抜けた思いつきであろう。
人々は門の付近を歩きまわって、乞食の姿を尋ねたが、どこにもそれらしい影は見当たらなかった。
明智は大道易者のテントにまで首を突っ込んで尋ねていた。
「君は毎晩ここに出ているのだろうね。二天門の下のいざり乞食(こじき)を知っているかね、手に草鞋(わらじ)をはいたやつだよ。あいつはいつもあすこにいるのかね」
四方をテントで張りつめて、前の方にやっと客の顔が見えるだけの窓があいている。その窓から大きなロイド目がねをかけた白ひげのお(じい)さんが、天眼鏡片手にのぞいていた。
「へええ、いざりの乞食ですって? 存じませんな。この辺には、そういう乞食を見かけたことがありませんよ」
「ところが、いま僕はそいつを見たんだよ。その筋のお尋ねものなんだ。ちょっとの(すき)に逃げられてしまった。もしやそんな乞食が、君の店の前を走り過ぎはしなかったかね」
「存じませんな。わしはつい今しがたまで客がありましてな。人相の方に夢中になっておりましたのでね」
「そうか。いや、ありがとう」
それを最後に、明智たちは一応捜索を断念して引き上げるほかはなかった。恒川氏は警視庁に帰って浅草公園包囲の手配を講ずるために急いでいた。人々は自動車の方へ急ぎ足に引っ返して行った。
「ウフフ、もうよさそうだよ、とうとう(あきら)めて帰ってしまった」
易断のテント張りの中で、白ひげの易者が妙な(ひと)りごとをした。すると、その声に応じて、テーブルのような台の下から、ゴソゴソ()い出したやつがある。いざり乞食だ。
乞食はいざりでもなんでもない。いきなりニューッと立ち上がって、老易者と肩を並べた。そして顔じゅうに()りつけた腫物(はれもの)だらけのゴム仮面を、ベリベリとはぎ取ってしまった。仮面の下から現われたのは、まぎれもない人間豹の恐ろしい形相(ぎょうそう)である。
「わしの方では明智を知っているけれど、あいつはわしの顔を見たことがないのだからね。まんまと一杯()わせてやったよ」
老易者は無気味なしわがれ声で言いながら、大きなロイド目がねをはずした。言うまでもなく、人間豹の父親である。息子はいざり乞食に、おやじは大道易者に、そして、互いに連絡を取りながら、群衆の叢林(そうりん)の中に身を隠していようとは、なんという奇想天外の欺瞞(ぎまん)手段であったろう。
「だが、この変装も長いあいだつづけてきたが、今晩限りでよさなくちゃいけまいね。あのするどい男は、今の自動車が道の半分も行かぬうちに、きっとわしたちの秘密を気づいてしまうことだろうよ」
「ウフン、だがあとの祭さ」
人間豹は()き出すように言って、大きなあくびをした。
「お父さんもきょうはずいぶん働いてくれたね」
「ウン、麻布から、芝浦、芝浦から浅草とね、なあに、なんでもありゃしない。世間を相手に戦うのが、わしには面白くてたまらんのだからね」
そして、この世にも恐ろしい親と子は、顔を見合わせて、無気味に無気味に、ニタニタと笑いかわすのであった。

 

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