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公園の怪異(1)
日期:2023-10-08 11:25  点击:297

公園の怪異


 人間の姿をした猛獣は、彼に最もふさわしい隠れが、都会のジャングルに逃げ込んだのである。山あり池あり林あり、それに大小さまざまの建物が、あらゆる形態、あらゆる角度をもって雑然紛然(ふんぜん)と立ち並ぶ大通り、横丁、抜け道……東京じゅうのどこを探したって浅草公園ほどよくできた迷路があるだろうか。しかも、そこには年がら年中、おびただしい群衆が目まぐるしくウヨウヨと動きまわっている。その人工ジャングルの中にまぎれ込んだ犯人をさがし出すなんて、火鉢(ひばち)に落ちた銀貨をさがすよりもむずかしいことに違いない。
 その翌早朝、警視庁と所轄警察署との混成私服隊が編成された。そして、さまざまに姿を変えた刑事たちは、公園の四方から、住宅、商店、飲食店の(きら)いなく、ほとんどシラミつぶしに捜索の輪をせばめて行った。ルンペンどもは狩り立てられるし、浅草寺本堂の天井から床下、五重の塔は申すに及ばず、仁王門の大提燈(ちょうちん)の中まで調べるという綿密さであったが、二日間はなんの収穫もなく過ぎ去った。
 二日目には、恒川警部の発案になる、奇妙なポスターが浅草界隈(かいわい)辻々(つじつじ)に、ベタベタと()り出された。ポスターのまん中には画家に描かせた人間(ひょう)恩田の似顔が、実物の二倍の大きさで印刷してある。その下に「これは近頃世間を騒がせている殺人犯人恩田の似顔です。こういう人物を発見されたかたは猶予(ゆうよ)なくもよりの交番へ知らせてください」とわかりやすい文章で振り仮名つきでしるしてあるのだ。その似顔絵は、かつて大都劇場で人間豹の形相(ぎょうそう)を目撃した一洋画家が、明智夫妻の口添えで描いたものであったが、非常に特徴のある獣人の似顔は、記憶によって充分に表現することができたのである。
 警察としては実に思い切ったこのポスター戦術は、辻々に人の黒山を築いた。恐怖におびえた眼が醜悪な似顔絵に集中された。人間豹に関する恐ろしい噂話(うわさばなし)は、輪に輪をかけて、大衆のあいだに流布(るふ)されていた。
「ワア、すげえ。こいつの眼は、暗いところでもまっ青に光るんだってよ」
(きば)があるぜ」
「ほんとだ。牙がありゃがる。犬でもなんでもモリモリ食っちまうってじゃねえか」
「違うよ、犬じゃねえ。人間の女を食うんだよ」
「いやなものを見ますね。こんなものがはいってきたんじゃ、公園もさびれますねえ」
「僕は、こいつを見たことがありますよ。ほら大都劇場の例の騒ぎのときですよ。この絵とそっくりです。いや、こんなおとなしい顔じゃなかった。こいつがね、レビューの舞台のまん中に立って、見物席を(にら)みつけて、この牙をむき出して、ウォーッと()えたときには、実にどうも、なんといっていいか、生きたそらはなかったですよ」
「へええ、あなたは、あれをごらんなすった? 私も話は聞いてますが、江川蘭子が舞台の上で血みどろにされたっていうじゃありませんか」
「そんな古いことよりも、おいら、たったゆうべこいつにお眼にかかったんだぞ」
「どこで? どこで?」
「お堂の裏の大銀杏(いちょう)ですよ。おいら、あの下に寝ていると、誰だか頭を踏んづけやがった。びっくりして飛び起きると、あの大銀杏を、まっ黒なものが、スルスルッと、(ねこ)みてえに登ってくじゃあねえか。ヤイッてどなりつけてやると、そいつが木の上から、おいらを睨みつけやがった」
「こんな顔だったか」
「そうよ。まっ青な眼がお星さまみてえに光りゃあがるのさ。おいら、あとも見ねえで()け出しちゃったよ」
「おまわりさんに言えばいいじゃないか」
「言ったよ。言ったんだけど、おまわりが大銀杏を探しに行ったときには、もうなんにもいやあしなかったよ」
 ルンペンも、新聞売りの小僧も、中学生も、青年団員も、商店の御隠居も、通りがかりの会社員も一つになって、恐ろしいポスターの主人公について論じ合った。
 床屋でも、銭湯でも、映画館の見物席でも、人さえ寄れば、「人間(ひょう)」の(うわさ)であった。さまざまの怪談が創作され、それが尾ひれをつけてひろがって行った。
 どこかのおかみさんが、共同便所のドアをひらくと、その中にまっ青な眼の人間豹がしゃがんでいたという怪談もあった。
 真夜中に、仁王門の高欄(こうらん)の上から、まるで石川五右衛門みたいに、人間豹が頬杖(ほおづえ)をついて、仲見世(なかみせ)の通りを見おろしていたという怪談もあった。

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09/25 05:30
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