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本陣殺人事件--本陣の末裔(3)
日期:2023-11-21 19:11  点击:246

 こういう周囲の反対に対して、では、賢蔵はどういう態度で応酬したかというと、終始

沈黙の一手だった。反対に対して反はん駁ばくするような事は絶対にやらなかった。しか

し結局水は火に勝つ。反対者はしだいに呼吸が切れ、声がかすれ、足並みが乱れ、最後に

は苦笑いをして肩をすくめながら、完全に自分たちの敗北した事を認めなければならな

かった。

 こうしてその年の十一月二十五日に華か燭しよくの典が挙げられる事になったのだが、

その晩、あの恐ろしい事件が起こったのである。

 だが、私はそこへ話を進める前に、後から思えば、あれこそ事件の前奏曲であったと思

われるような、些さ細さいな出来事の二、三を、ここにお話ししておこうと思うのであ

る。

 それは事件の前日、即ち、十一月二十四日の午後の事である。一柳家の茶の間で、糸子

刀自と賢蔵が、いくらか気まずそうな顔をして茶を飲んでいた。そばには妹の鈴子が余念

なくお人形に着物を着せていた。この少女はどこへおいても、ひっそりと一人で遊んでい

るので、決して邪魔にされるような事はなかった。

「だってねえ、それが代々この家のしきたりなんだから……」

 糸子刀自はもう完全にこの息子に負けているので、この時も気を兼ねるような風ふ情ぜ

いだった。

「しかし、お母さん、隆二の嫁取りの時にはそんな事はやらなかったじゃありませんか」

 賢蔵は母のすすめる蕎そ麦ば饅まん頭じゆうには眼もくれず、苦い顔をして煙草たばこ

を喫すっていた。

「それはあの子は次男だもの。あの子とあなたとは一緒になりませんよ。あなたはこの家

を継いでいく人だし、克さんはその嫁だから……」

「しかし克子は琴なんか弾けませんよ、きっと。ピアノなら弾くかも知れませんがね」

 いま二人の間で問題になっているのはこうである。一柳家では何代か前から、跡取り息

子の嫁たるべき人は、祝しゆう言げんの席で琴を弾かねばならぬという家憲があるのであ

る。弾奏すべき琴は一柳家の先祖から伝えられたもので、その曲目や、またそういう家憲

の起こったいわれには、難かしい故事来歴があるのだが、それはいずれ折りを見て話すと

して、いま問題となっているのは、即ち花嫁となるべき克子に、琴が弾けるかどうかとい

う事である。

「お母さん、今になって、そんなことをおっしゃっても無理ですよ。それならそのように

前もって言って下されば、克子にも用意があったでしょうが……」

「わたしこんな事をいってこの婚礼に水をさそうというのではありませんよ。また、克子

さんに恥をかかせるなんてそんな風に思って貰っちゃ困りますよ。しかし、家風は家風だ

から……」

 二人の仲がいくらか険悪になりかけた時である。余念なく人形と遊んでいた鈴子が、突

然、横から可愛い助け船を出した。

「お母さま、お琴、わたしじゃいけなくって?」

 糸子刀自は眼をみはって鈴子を見たが、賢蔵はそれをきくと渋い笑いをうかべた。

「そりゃいい、これはひとつ鈴子に頼もう。お母さん、鈴子なら誰にも当たりさわりがな

くていいじゃありませんか」

 糸子刀自もいくらか心が動きかけたが、そこへひょっこり顔を出したのが甥おいの良介

だった。

「鈴すうちゃん、ここにいたのかい。ほら、ご注文の箱が出来たよ」

 それは蜜み柑かん箱ばこくらいの大きさの、きれいに削った白木の箱だった。

「良さん、それなに?」

 糸子刀自が眉まゆをひそめると、

「なに、玉公の棺かん桶おけですよ。蜜柑箱でよかろうというと鈴うちゃんお冠りでね。

そんな粗末な箱じゃ玉がかあいそうだって、お取り上げにならないので、やっと拵こしら

えたんですよ」

「だって、ほんとうに玉、かあいそうなんですもの、新しん家やの兄さん、有難う」

 玉というのは鈴子の愛猫だが、食物に当たったらしく、二、三日吐き下しをつづけた

後、その日の朝とうとう死んでしまったのである。

 糸子刀自は眉をひそめて、白木の箱をみていたが、ふと気をかえるように、

「良さん、あの琴ね、あれは鈴子に弾いて貰おうというのだがどうだろう」

「そりゃ、伯お母ばさん、いいでしょう」

 良介はあっさりいうと、そこにあった蕎麦饅頭を頰張った。賢蔵はそっぽを向いたまま

煙草を吹かしていた。

 するとそこへ入って来たのが三郎である。

「おや、鈴うちゃん、いい箱が出来たじゃないか。誰にこさえて貰ったんだい」

「三ぶちゃんの意地悪。噓ばっかり吐ついてこさえてくれないんですもの、新家の兄さん

にこさえて頂いたわ。よくってよ」

「おやおや、相変わらず信用がないね」

「三郎さん、あなた散髪をして来たの」

 糸子刀自は三郎の頭に眼をやった。

「ええ、いま。ところがねえ、お母さん、散髪屋で妙なことを聞いて来たんですがね」

 糸子刀自が無言のまま顔を見るのを、三郎はそのままにして、却かえって賢蔵の方へ体

を乗り出すと、

「兄さん、あなた昨日の夕方、役場のまえを俥で通ったでしょう。その時あそこの飯屋の

まえに、変な男が立っているのを見やあしませんでしたか」

 賢蔵はちょっと眉をあげて怪け訝げんそうに三郎の顔を見たが、なんとも答えなかっ

た。

「変な男って何さ、三ぶちゃん」

 良介が蕎麦饅頭を頰張りながら訊たずねた。

「それがねえ、気味が悪いんだ。口から頰へかけて、こう大きな傷があってね。おまけに

右手にゃ指が三本きゃないんだってさ。拇指と人差し指と中指と。……ところがそいつが

飯屋のお主婦さんに家の事を聞いてたっていうんだが、おい、鈴子、おまえ昨日の晩方そ

んな奴がうろついているの見やあしなかったかい」

 鈴子は眼をあげて黙って三郎の顔を見ていたが、やがて拇指、人差し指、中指と口のう

ちで呟つぶやきながら一本一本指を出すと、いつか琴を弾く真ま似ねをしていた。

 糸子刀自と三郎は黙ってその手つきを眺めている。良介はうつむいたまま、蕎麦饅頭の

皮をむいている。賢蔵はやたらに煙草を吹かしていた。

 
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