この人としては珍しく、激しい調子でそういうのを、耕助はいちいち嚙みしめるように
聞いていたが、やがて思い出したように、
「ところで小父さん、さっきここへ来る途中で、昨夜また例の三本指の男が現われたとい
う事を聞いたんですが、それは本当なんですか。何かまた変わったことでもあったんです
か」
「うむ、それがまたちょっと妙なんだね。実際にそいつの姿を見たのは鈴子だけなんだ
が、たしかにそいつがやって来たに違いないという証拠はちゃんとあるんだ」
「証拠……? 小父さん、それはどういう事なんです」
「これは鈴子の話なんだが、何しろあのとおりの娘だろ? いささか取りとめがないのだ
が、わしが考えるのに、あの娘は夢遊病者ではないかと思う」
「夢遊病者……?」
耕助は思わず眼を瞠った。
「うむ。でなければ、あんな時刻にのこのこ起き出して、猫の墓なんかへお参りをする筈
がないからね」
「猫の墓……?」
耕助はまた眼を瞠ったが、急に面白そうに笑い出した。
「小父さん、それいったいなんの話なんです。夢遊病者だの、猫の墓だのと、ひどく話が
妖怪じみるじゃありませんか。いったいそれはどういう話なんです」
「いや、これはすまない。自分のひとり合が点てんじゃ、話の筋もとおらないね。実はこ
ういうわけなんだよ」
昨夜──と、いうよりは今朝早くのことであった。一柳家の人々はまたただならぬ悲鳴に
よって、眠りをさまされた。前の晩のこともあるので、銀造は眼をさますと、すわとばか
りに飛び起きて雨戸を繰ってみると、離家のほうからこけつまろびつ、こっちへ走って来
る人影が見えた。
銀造はそれを見るとはだしのまま庭へとびおりて、その方へ走っていったが、するとか
れの胸へ倒れるようにとびついて来たのは、思いがけなく鈴子だった。鈴子はフランネル
の寝間着を着たまま、真っ蒼になってふるえていた。見ると足もはだしのままだった。
「鈴うちゃん、どうしたんだ。あんた、こんなところで何をしているんだい」
「小父さん、出たのよ。出たのよ。お化けが出たのよ。三本指のお化けが出たのよ」
「三本指のお化け……?」
「そうよ、そうよ、小父さん、怖いわ、怖いわ。向こうにいるのよ。ほら、玉のお墓のそ
ばにいるのよ」
そこへ隆二と良介が駆けつけて来た。少しおくれて三郎もふらふらとやって来た。
「鈴子、おまえいま時分、なんだってこんなところでまごまごしているんだ」
隆二がいくらか強い語気で訊ねた。
「だって、だって……わたし……玉のお墓へ参ったのよ。そしたら……そしたら──三本指
のお化けが飛び出して来て……」
その時、向こうの方から糸子刀自が、気遣わしげな声で鈴子の名を呼んだので、鈴子は
泣きながらその方へ走っていった。あとに残った男たちは、探り合うように、互いに顔を
見合わせていたが、やがて銀造が、
「とにかく行って見よう」
と、言って、さきに立って歩き出した。