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本陣殺人事件--探偵小説問答(1)
日期:2023-11-22 09:14  点击:238

探偵小説問答

 この事件が片づいた後、金田一耕助はつぎのような述懐をひとに洩らしたそうである。

「正直なところはじめ私はこの事件に、あまり気がすすまなかった。新聞を見ると三本指

の男が怪しいとある。むろんそのほかにもいろんな謎なぞや疑問があるようだが、要する

にそれは事件の核心となんの関係もない偶然がかさなりあって、たまたまそういう条件

を、つくり出したのではないか。そういう偶然のころもを、一枚一枚ぬがせていけば、あ

とに残るのは結局三本指のルンペンが、通りがかりに演じた凶行──と、そんなふうなあり

ふれたものになるのではないか。お世話になった小父さんへ義理があるからやって来たよ

うなものの、そんな平凡な事件にいちいち引っ張り出されちゃあたまらない。──一柳家の

門をくぐった時の私の気持ちを正直にいうと、そんなものだったんです。それが急に興味

をおぼえはじめたというのは、三郎君の本棚にずらりとならんだ内外の探偵小説を見てか

らでした。そこにともかく『密室の殺人』の形態をそなえた凶行が演じられている。そし

て、ここに『密室の殺人』を取り扱った多くの探偵小説がある。これをしも偶然というべ

きだろうか。いやいや、ひょっとするとこれはいままで考えていたような事件ではなく、

犯人によって念入りに計画された事件ではあるまいか。──そしてその計画のテキストが、

即ちこれらの探偵小説ではあるまいか。そう考えたとき、私は急になんともいえぬほど嬉

しくなって来たものです。犯人は『密室の殺人』という問題を提出して、われわれに挑戦

して来ているのだ。知恵の戦いをわれわれに挑んで来ているのだ。ようし、それじゃひと

つその挑戦に応じようじゃないか。知恵の戦いをたたかってやろうじゃないか。こうその

とき考えたものでした」──

 磯川警部にはしかし、そういう耕助の昂奮がいかにも子供っぽく馬鹿馬鹿しく思われた

のにちがいない。

「どうしたんです。探偵小説も探偵小説だが、現場を見るんじゃないんですか。あまりぐ

ずぐずしていると、暗くなっちまいますよ」

「あ、そ、そうでしたね」

 目星をつけた小説を、五、六冊本棚からひっぱり出して、パラパラと、ページを繰って

いた耕助は、警部からそう注意をうけると、はじめて気がついたように本をそこにおい

た。その様子がいかにも残り惜しそうだったので、人の好い警部もおかしさをおさえるこ

とが出来なかった。

「あなたはよほど探偵小説がお好きだと見えますね」

「やあ、そ、そ、そういうわけでもないんですがね。これでまたいろいろ参考になること

がありますから、一とおり眼を通すことにしているんです。それじゃご案内を願いましょ

うか」

 前にもいったとおり、その日は山狩りがあったので、刑事も巡査も現場にはいなかっ

た。そこで警部が自ら玄関の封印をきって、耕助を離家のなかへ案内した。

 雨戸がしめてあるから離家のなかは薄暗く、縁側の欄間からさしこんで来る光だけが、

妙にしらじらとしている。十一月ももう残り少なく、火の気のないたそがれどきの建物の

なかは、肉体的にも感覚的にもうすら寒かった。

「雨戸をあけましょうか」

「いや、もうしばらくそのままにしておいて下さい」

 そこで警部は八畳のほうに電気をつけた。

「死体のほかはまだ全部、事件が発見されたときのままにしてあります。屛風がそういう

ふうに、書院の柱とあいた障子に、橋をかけるように倒れかかっていて、そのうちがわに

花嫁と花婿が折り重なって斃たおれていたのです」

 警部はその時のふたりの位置を、こまごまと説明した。耕助はそれを、うむうむとか、

そうそうとか、相あい槌づちを打ちながら聞いていたが、

「なるほど、すると花婿は花嫁の足のほうへ頭をやって倒れていたんですね」

「そうです、そうです。花嫁の膝のあたりを枕にして、仰あお向むき加減に斃れていたん

です。なんならあとで写真をお眼にかけましょう」

「はあ、そう願えれば……」

 それから耕助は金屛風についている、血にまみれた三本の琴爪のあとを眺めた。

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