色鮮かな金泥のうえに、くっきりと印された、三つの琴爪の跡は、熟れすぎた莓いちご
のように、もうくろぐろと変色していた。そして、その琴爪のあたりからてっぺんへかけ
て一筋浅い切れ目が走っていて、その切れ目にもかすかに血がついていた。おそらく犯人
が刀を振り回すはずみに、血にそまったきっさきが当たったのだろう。
耕助はそれから一本糸の切れた琴を調べてみた。その琴糸のうえを走っている血の色
も、錆さびついた鉄のように黒く変色している。
「この琴こと柱じが後に、外の落ち葉溜めのなかから発見されたのでしたね」
「そうです、そうです。それから見ても犯人の奴、西側の庭へ逃げ出したのにちがいない
のですがね」
耕助はそこに残っている十二個の琴柱をしらべていたが急に顔をあげると、
「警部さん、チョッ、チョッ、ちょっと、これをご覧なさい」
と、ひどく吃りながら声をかけたので、警部も何事が起こったのかとあわてて覗き込ん
だ。
「ええ、ナ、ナ、何かありましたか」
「あははははは、警部さんは人が悪いなあ。吃りの真似までしなくてもいいんですよ」
「いやあ、そういうわけじゃないが、ちょっとつりこまれたのですよ。で、何があったん
です」
「ほら、この琴柱。──ほかの十一個がみなお揃いで、波に鳥の浮き彫りがしてあるのに、
これ一つだけはのっぺらぼうで、なんの彫刻もありませんね。つまりこいつだけは、この
琴の琴柱じゃないのですね」
「ああ、なるほど。それはいままで気がつかなかった」
「時に、落ち葉溜めのなかから見つかった奴はどうでした。やはりこれとお揃い
の……?」
「そうです、そうです。波に鳥の浮き彫りがしてありましたよ。それにしてもこいつ一つ
だけ、違った琴柱がまじっているというのは、何か意味があるのかな」
「そうですね。あるのかも知れないし、ないのかも知れません。多分お揃いの琴柱のうち
一つだけ紛失したので、ほかの琴の奴を持って来たのでしょうね。時に問題の押し入れと
いうのは、この床の裏にあるんですね」
耕助は警部の説明で、押し入れや便所のなかを、見てまわった。それから座敷の柱につ
いている、血にそまった三本指の指紋や、西側の雨戸の裏に残っている、血染めの手型を
注意深くながめた。それらの指紋や手型は紅く塗りつぶされた木目のなかに黒くにごって
沈んでいた。
「なるほど、この紅殻塗りのために、指紋や手型の発見がおくれたのですね」
「そうです、そうです。それにその雨戸は戸袋に一番近いでしょう。西側の雨戸をひらい
た時その戸は一番奥へ入るわけで、だから雨戸を全部しめてしまわなければ、その手型を
発見出来ないわけです」
その雨戸には源七の叩きこんだ、斧の裂け目がのこっている。
「なるほど、そして事件を発見した人々も、ここからなかへ入ったのですか、その時雨戸
を戸袋のなかへ押しこんでしまったわけですね」
耕助がこざるを外して雨戸をひらくと、しらじらとした外光が一時にパアッーと流れこ
んで来て、二人は思わず眩まぶしそうに瞬まばたきをした。
「では、家のなかはこれくらいにしておいて、庭のほうを見せて貰いましょうか。ああ
ちょっと、源七が覗きこんだ欄間というのはこれですね」
耕助は足た袋びはだしのまま、戸袋の外にある大きな手水鉢のうえに立つと、背のびを
して欄間からなかを覗いていたが、その間に警部が玄関から二人の履はき物ものを持って
来た。