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本陣殺人事件--予行演習(1)
日期:2023-11-22 09:45  点击:283

予行演習

 私たちはそこで長いこと黙りこんでいた。がらんとした離家の中で火鉢一つだから、寒

さがしだいに身にこたえたが、しかし誰一人この会談を早く切り上げたいと思うものはな

かったようだ。警部は火鉢の灰に、字を書いては消し、書いては消ししていたが、やがて

ふっと顔をあげると、

「いや、それでだいたい、なぜああいうことが起こったかということがわかりましたが、

ではどういうふうにしてああいうことが起こったか、今度はひとつ、それをきかせて下さ

い」

 警部の言葉をきくと、金田一君は俄にわかに嬉しそうに、がりがりともじゃもじゃ頭を

搔きまわして、

「さあ、それですよ。この事件では事件の計画者はすでに死んでいるのですから、告白を

きくというわけにはいかない。だからわれわれが想像していくよりほかに手はないのです

が、ここには関係者の顔触れもだいたい揃っていますから、はじめからこの事件を研究し

ていってみようじゃありませんか」

 金田一君はふところから小さな手帳を取り出すと、それを膝のうえにおいて、

「私が最初この事件から感じた印象は、探偵小説的な色彩が非常に強いということでした

ね。密室の殺人ということからしてすでにそうですが、そのほかにも三本指の男だの琴の

音だの、アルバムの写真だの、焼け残った日記の断章だの、すっかり探偵小説ですから

ね。こういう要素も一つや二つだけだと、偶然にからみあって来たのだと思えないことは

ありませんが、これだけ念入りに揃っていると、そこに一つの意志が働いているとしか思

えない。しかも意志たるや、たいへん探偵小説的な意志なんです。と、そう考えていると

ころへ、ぶつかったのが、あの三郎君の蔵書です。警部さん、あの時、僕がどんなに喜ん

だか、どんなに昂奮したか、あなたもよくご存じでしょう」

 警部は無言のまま頷いた。

「いったい、この事件の中心となっているトリック、自殺を他殺と見せかけるトリックは

探偵小説ではしばしば扱われるものなのです。その代表的なものが、シャーロック・ホー

ムズ物語の中の『ソア橋事件』という小説ですが、自殺を他殺と見せるためには、凶器を

死体から出来るだけ遠くへ離しておかなければならない。『ソア橋事件』で使われる凶器

はピストルですが、このピストルに紐をつけ、その紐の他の端に錘おもりをつけておく。

自殺者は橋の上に立ってピストルで自分の頭を射つのですが、そのとたんに手を放すとピ

ストルは錘の重さで河の底へ沈んでいくという仕掛けになっています。私は確信をもって

言い得ると思うんですが、賢蔵さんが、こんどのことを思いついたのは、この小説がヒン

トになっているんです。その証拠には、三郎君の蔵書の中にはこの小説もあるんですが、

それが非常に丁寧に読まれたらしい痕があるんです」

「なるほど、よくわかりました。しかし、そうすると三郎はこの事件にどういう役割を

持っているのでしょう」

 気遣わしそうに訊ねたのは隆二さんであった。すると金田一君はいかにも嬉しそうに、

もじゃもじゃ頭をがりがりやりながら、

「いや、ちょっと待って下さい。三郎君のこんどの事件における役割というものは、非常

に興味があると思うんですが、それはもう少し後にお話ししましょう。少なくとも賢蔵さ

んが最初この計画をたてた当初には、三郎君は関係していなかったと思う。賢蔵さんの性

格として、こういう重大な計画に人の助けを借りるということは、あり得ないことだと思

われますからね。さて、賢蔵さんの心中に、しだいに、こういう計画が熟していった、と

いうことを頭において、さてもう一度、こんどの事件をはじめから見直そうじゃありませ

んか」

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