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うらみ葛の葉(3)
日期:2023-11-24 14:43  点击:289

 その屛風には、どこにも狐のすがたなど描いてありません。葛の葉にも、尻尾しつぽな

どは出ておりません。しかしそれでいてすんなり立った女のすがたにも狐の化けたらしい

ところが見えるのだから不思議です。秋草のなかに長く裾をひいてぼかされた、下半身か

ら、もう狐になりかけているような気がしてならないのです。わたしはそれを不思議に思

いました。そしてその原因がどこにあるのだろうかと、つくづく葛の葉のすがたを見直し

ましたが、そうしているうちに、わたしははっとあることに気がついたのです。

 その葛の葉は、いかにも悲しげにうなだれているのですが、眼だけはパッチリひらいて

います。ところが、ひらいた眼には両方とも、瞳がかいてないのです。画が龍りよう点て

ん睛せいという言葉がありますが、まったく人のかたちのなかで、いかに瞳というものが

大事なものであるか、この絵を見るとよくわかります。なよなよと、色美しくえがかれた

美女の顔に、眼はあっても瞳のないということは、なんという妙な感じをいだかせること

でしょう。わたしはこの絵を見ているうちに、ふと文楽の人形のことを思い出しました。

文楽の人形のうち、たとえば「朝顔日記」の深み雪ゆきなど、盲目になる役につかう人形

は、眼玉がくるりとひっくり返って、白眼ばかりになるように仕掛けてありますが、葛の

葉屛風の葛の葉は、ちょうどそういうかんじなのです。そして、そこからなんともいえぬ

妖よう気きが流れ出しているのでした。

 この絵をかいた人は、何かのはずみで瞳を入れるのを忘れたのでしょうか。それとも、

あらかじめこういう効果を知っていてわざと瞳を入れなかったのでしょうか。わたしには

なんとなく、後者の場合のように思われてなりませんでした。

 お嫂さまも呼吸をつめて、屛風の葛の葉を視詰めていらっしゃいましたが、やがてかす

かに身顫いなさると、

「なんだか薄気味の悪い絵ですこと」

 と、お呟つぶやきになりました。お祖母さまは、不思議そうにその顔をごらんになる

と、

「おや、どうして?」

「だって盲目の葛の葉なんて……鶴代さん、あなたどうお思いになって」

 だしぬけにお嫂さまがわたしのほうに話しかけられたので、わたしは思わずドギマギい

たしました。これは兄さんだけにお話しすることですけれど、お嫂さまに話しかけられる

と、わたしはいつもこうなのです。なぜだか自分でもわかりません。わたしはお嫂さまを

やさしい人だと思っていますし、筆や言葉ではいいつくせないほどお嫂さまが好きなので

す。それだのに、お嫂さまと二人きりになると固くなってしまって、何か話しかけられた

りすると、しどろもどろになってしまうのです。これはきっと、お嫂さまがあまりお美し

いせいだろうと思っています。そのときもわたしはすっかりあがってしまって、

「ええ、ほんとうに……わたしもそう思います」

 と、簡単にこたえました。お祖母さまは黙って屛風の絵をごらんになっていましたが、

「あなたがたは、この絵の瞳のないことをいっているのですね。でもこれこそは、絵をか

いた画工さんの、ふかい用意にちがいありませんよ。この絵の葛の葉は、ほんとうの葛の

葉姫ではありません。狐の化けた葛の葉です。しかもいま、正体が露見してすごすごと信

田の森へかえっていくところなのです。この絵をかいた画工さんは、狐火をもやしたり、

狐の尻尾をかいたりしないで、瞳を省略することによって、この葛の葉が人間でないこと

を示したのです。わたしはいつもこの絵を見ると、そのところに感心させられますよ」

 お祖母さまは眼を細めて、なおもまじまじと屛風のおもてをごらんになっていました

が、やがて二人のほうを振り返られると、

「この屛風は、このままここへおいておくことにしましょう。いいえ、あたしはそれほど

この屛風が好きだというわけじゃない。しかし、宇一つぁんにあんないいがかりをつけら

れて、お蔵のなかへしまっておいたら、こちらに後ろ暗いところがあって、かくし立てす

るように思われましょう。だから、わざと、こうして人眼のつくところへおいておくので

す」

 そういうわけで、葛の葉屛風はそのままお座敷へ飾られることになりました。だから今

度兄さんがかえって来たら、屛風を見ることも出来るわけです。あの薄気味悪い葛の葉屛

風を。……

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