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大助かえる(4)
日期:2023-11-24 14:45  点击:220

 わたしたちは土蔵を出ると暗い廊下を抜けて玄関へ出ました。すると四角い玄関の光の

わくのなかに、兵隊姿の男のひとが二人立っているのが見えました。二人とも妙に押し

黙っていました。それにしてもお嫂さまはどうしたのだろうと見廻すと、薄暗い玄関の畳

のすみに膝をついたままいまにも泣き出しそうな顔をしているのでした。わたしたちの足

音をきくと、まえに立っていた人が、こちらへ向きなおって、直立不動の姿勢のまま、

「ああ、お祖母さまでいらっしゃいますか。ぼくは正木というものですが、本位田君をお

連れして来ました」

「大助は……、大助はどうかしたのですか」

 お祖母さまは伸びあがるようにして、正木という人のうしろをのぞきこみながら、こう

いいました。お声がかすかにふるえているようでした。

「ええ、本位田君は負傷をして、……一人歩きが出来ないものだから、……本位田君、お

祖母さまだよ」

 正木さんはこういって、一歩横へ身をさけました。そのうしろから大助兄さんが、おず

おずと、二、三歩まえへ踏み出しましたが、そのとたん、わたしは何かしら、心臓に冷た

いものでも当てられたような悪感をかんじたのです。

 大助兄さんはすっかり窶やつれて、おまけに、顔も火傷やけどでもしたような大きな

ひっつれが出来ています。しかし、わたしが無気味に思ったのは、火傷のためではありま

せん。大助兄さんがこちらを向いて、ハッキリ両眼をひらいています。しかし、その眼は

ちっとも動かず、こんな際にも拘らず、なんの表情もやどしていないのです。顔の筋肉や

唇がはげしい感動を示しているのに、両眼だけはわれ関せず焉えんとばかり冷々淡々とし

て動かないのです。それはまるでポッカリ開いた魂の抜け穴みたいに見えました。

「本位田君は」

 と、そのとき正木さんが横から言葉をそえました。

「戦傷を負うて両眼をうしなわれたのです。それであのとおり両方とも義眼をはめている

のです」

 わたしには正木さんの声が、どこか遠いところからひびいて来るようにきこえました。

自分とはまったく関係のないことが話されているような気持ちでした。わたしは正木さん

や大助兄さんの姿をこえて、ボンヤリ玄関から外を眺めていました。あいかわらず暗い空

から、細かい雨がふりつづけています。わたしはふと、こんなことはまえにもあった。雨

の降る日に大助兄さんがかえって来て、その兄さんの眼は両方とも義眼だった……と、そ

んなような他愛のない気持ちがしました。

 ふと見ると、門の外に五、六人、村の人が立ってこちらを見ています。その人たちは何

やらヒソヒソ囁ささやきながら、ときどき顔を見合わせています。わたしはそのなかに秋

月のおりんさんのすがたがまじっているのに気がつきました。おりんさんのちぢれ毛に、

細かい雨が小さな水玉をいっぱいつづっています。おりんさんはしかし、そんなことお構

いなしに、及び腰になって一心に玄関のなかをのぞきこんでいます。

 おりんさんの食いいるような視線のさきを、何気なくたどって来たとき、わたしは突

然、夢からさめたような気がしました。おりんさんの視線は、まるで錐きりで揉みこむよ

うに、大助兄さんの背後を見透しているのでした。

 

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09/24 13:21
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