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大惨劇(4)
日期:2023-11-24 15:14  点击:306

「鶴代、おまえにもきこえるの、あの声……」

「ええ、お祖母さま、あれ、なんでしょう。ひょっとしたら泥棒がひっかえして来たの

じゃ……」

「いってみましょう」

 わたしたちはまた母屋へしのんでいきました。雨戸にはなんの異状もありませんでした

が、呻うめき声はたしかに座敷の奥、大助兄さんの寝室からきこえて来るのです。そっと

座敷の障子をあけると、寝室には電気がついているらしく、欄間のすきから雲型の光が天

井にうつっています。呻き声はどうやらお嫂さまのようでした。

「大助、梨枝さん。何をしてるの。何があったの?」

 さすがにお祖母さまもぎょっとしたらしく、口に袖をあてて、あたりを憚るような声で

した。しかし、寝室からはなんの返事もなく、ただ、押し殺したようなお嫂さまの呻き声

がきこえるばかり、いえいえ、それにまじって大助兄さんの、ハアハアというはげしい息

遣いと、畜生ッとか、うぬッとかいうような低い、憎しみに充ちた声がきこえるのです。

 お祖母さまはさすがに躊躇なさいましたが、あまり様子が変なので、捨てておけぬと思

われたのでしょう。あいの襖に手をかけると、そっと細目にひらいてごらんになりまし

た。わたしもお祖母さまの袖の下から、そっとなかを覗きましたが、そのとたん、みぞお

ちのあたりがジーンと固くなるような、もの恐ろしさを感じたのでした。

 蚊帳のなかではお嫂さまが、上半身裸にされて、お兄さまの膝の下に、うつむけに組み

伏せられているのです。お兄さまはお嫂さまの手を、いまにも折れはしないかと思われる

ほどはげしく逆に捩ねじあげて、そして片手の掌で、お嫂さまの右の脇腹をしきりに撫で

ているのです。ああ、そのときのお兄さまの顔、それこそ地獄の鬼のように、何んともい

えぬほどもの凄すさまじい顔でした。

「まあ、大助!」

 お祖母さまは思わず大きな声をお立てになりました。

「おまえ、何をしているの!」

 大助兄さんはその声に、はじめてわたしたちに気がついたのか、ガバとお嫂さまのうえ

からとびのくと、

「おれは眼が見えない。ああ、おれは眼が見えないのだ!」

 絶叫するようにそう叫ぶと、両手で髪の毛をかきむしりました。お嫂さまは死んだよう

にぐったりしたまま、身動きもいたしません。解けた髪の毛が、からす蛇のように白い

シーツのうえをのたくって、お嫂さまが嗚お咽えつするたびにひっくひっくと動きます。

お嫂さまはいつまでも嗚咽しつづけていらっしゃいました。

 兄さん、これはまたどうしたことなのでしょう。お嫂さまは今朝蒼あおい顔をして起き

て来ましたが、お祖母さまがどんなにお訊たずねになっても、昨夜のことのわけを語ろう

とはなさいません。大助兄さんは、寝室へとじこもったきり出て来ようとも致しません。

 昨夜の泥棒とこのことと、何か関係があるのでしょうか。と、すればあの泥棒はいった

い誰だったのでしょう。わたしにはわからない。なにもかもわからない。唯わかっている

ことは、何かしら恐ろしいことが、いまに起こるだろうということ。……

 ああ、ああ、ああ、いったい何が起こるというのでしょう。

    〇

(昭和二十一年九月二日)

 兄さん、大変です、お嫂さまが殺されました。大助兄さんは行く方がわかりません。お

祖母さまは驚きのあまり倒れてしまいました。

 この手紙持参の鹿蔵の自転車に乗っけてもらって、すぐ帰って来て下さい。

 

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09/24 13:13
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