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新聞の語る事実
日期:2023-11-24 15:14  点击:310

 新聞の語る事実

     付、容疑者逆転又逆転のこと

(昭和二十一年九月三日付新聞切り抜き)

   大暴風雨の殺人

     被害者は素封家の妻

 昨二日払ふつ暁ぎよう、二百十日の大暴風雨のなかに、恐ろしい殺人事件が発見され

た。被害者は県下K郡K村の素封家本位田大助妻梨枝(二四)で、寝室においてズタズタ

に斬られて死んでいるのが、二日朝義妹本位田鶴代(一七)によって発見された。急報に

よって駆け着けた係官の発表によると、兇行は大体真夜中の十二時ごろ演じられたものと

信じられるが、ここに不思議なのは、被害者梨枝の良人本位田大助氏(二八)の行く方が

わからないことで、大助氏は本年七月南方より復員したばかりの戦盲者で、介添えなしで

は一歩も外出が出来なかったという。尚なお、同家祖母槙(七八)、大助、梨枝、鶴代の

ほかに下男鹿蔵の五人暮らしだが、この大惨劇を朝まで誰も気付かなかったのは、昨夜の

大暴風雨のため、悲鳴がきこえなかったためであろうといわれている。

    〇

(昭和二十一年九月四日付新聞切り抜き)

   良人も井戸の中に

     屛風のうえにべっとり血の手型

 既報K村の素封家本位田家の殺人事件において、失踪中の主人大助氏の行く方厳探中の

ところ、意外にも二日夕刻ごろにいたって、同家裏庭にある車井戸のなかより、死骸と

なって発見された。大助氏は心臓を抉えぐられた後、井戸の中に投げ込まれたらしいが、

兇器はまだ発見されていない。尚犯人の遺留品とおぼしきものとしては、兇行のあった寝

室の隣座敷にある同家秘蔵の屛風のうえにべったりと血染めの手型がついているのが発見

され、これが犯人のものとすれば、事件解決は案外早かろうといわれている。当局では早

くも犯人の目星がついたらしく大活動を開始した。

    〇

(昭和二十一年九月五日付新聞切り抜き)

   犯人は家庭の中に?

     複雑な本位田家の内部事情

 K村の本位田家殺人事件については、その後、俄然、局面が一転した模様である。先ま

ず犯人唯一の遺留品として希望を持たれたかの屛風のうえの手型は、その後調査の結果、

被害者本位田大助氏のものであることが判明した。また、当局必死の捜査の結果、同家裏

庭の草くさ叢むらの中より、兇器として用いられたと覚しき貞宗の短刀が発見されたが、

この貞宗は本位田家所有のもので、常に座敷の床の間に飾られてあったという。但し、そ

の短刀がいつごろより紛失したか、誰も記憶している者はない。しかし、これらの点より

見れば、犯人は本位田家内部にあるのではないかという臆測も考えられる。当局でも一応

その点を考慮に入れたと見え、家人はきびしい追及をうけたが、いまのところこれという

確証もあがらぬ模様である。ただ、被害者大助氏の弟慎吉氏(二五)はK村より六里はな

れたH療養所に長く入院中で、事件の翌日、妹鶴代の手紙によって急ぎ帰宅したといわれ

るが、その点に疑問を持たれ、H療養所を調査したところ、二日夜のアリバイは完全に証

明されたという。又二日朝下男鹿蔵が濡れ鼠になっていたこと、自転車が泥まみれであっ

たことなどに疑問が持たれたが、これは事件発見直後鶴代の命令によって雨風を冒し、H

療養所まで慎吉氏を迎えにいったためであることが判明した、唯祖母の槇刀と自じは大助

氏のまだ復員せず生死不明であったころ、梨枝と慎吉氏を夫婦にしようという肚はらを

持っていたらしく、こういうところに兇行の原因があるのではないかといわれている。

    〇

(昭和二十一年九月六日付新聞切り抜き)

   被害者は果たして大助か?

     本位田事件の奇怪な新事実

 本位田の二重殺人事件について、又々奇怪な新事実がとび出した。この新事実を暴露し

たのは、同村に住む秋月りん(三五)という婦人で、彼女の語るところによると、こうで

ある。

 秋月りん女談。殺されたのは大助さんではありません。あれは私の弟の秋月伍一です。

大助さんと伍一とが、生き写しであったことは村の人はみんな知っています。見て下さ

い。戦争中大助さんと伍一のならんで写した写真がありますがそっくりでしょう。唯ち

がっているのは、伍一の瞳が二重になっているのに、大助さんはふつうの眼を持っている

ことです。だから伍一は大助さんが戦死すると、自ら眼玉をくりぬいて大助さんになりす

ましたのです。何故そんなことをしたかというと、本位田家に復讐するためで、あの子も

本位田家の先代大三郎さんの落し胤だねだのに、不当に扱われて来たからです。では、犯

人は誰かというのですか。それはいうまでもありません。本位田一家が全部共謀でやった

ことです。慎吉さんのあの夜の行動をよく調べて下さい。きっと療養所を抜け出してこの

村へかえって来たのにちがいありません。自転車を利用すれば往復五時間もあれば大丈夫

です。あの人はこっそり療養所を抜け出し、兄を殺し井戸へ投げ込み、夜明けまえにこっ

そり療養所へかえっていったのです。梨枝さんを殺したのは、現場を見られたか、それと

も行きがけの駄賃にしたのでしょう。云々。

 しかし調査の結果、りん女のこの告発は、根拠のないものであることが判明した。既報

のとおり慎吉氏のアリバイは完全に立証されている。慎吉氏は五時間はおろか、二時間も

療養所をあけなかったことが、当夜の宿直看護婦二名によって証明されている。療養所で

は一時間ごとに宿直看護婦二名が患者の寝室を巡廻するのだが、慎吉氏はいつも寝室にお

り、当夜は不眠をうったえて睡眠剤などを請求している。

 尚、りん女の告発によって問題となった被害者の両眼については、ここに一つの興味あ

る事実がある。被害者は両眼に義眼をはめていたが、発見された死骸からは右の義眼がひ

とつ失われていた。しかも本位田家の邸内は隈くまなく捜索されたにも拘らず、いまだ義

眼は発見されていない。義眼よ、いずこ。或あるいはそんなところに事件解決の鍵がある

のではなかろうか。

    〇

(昭和二十一年九月七日付新聞切り抜き)

   犯人前科者か

     本位田家事件又逆戻り

 K村の本位田家殺人事件については、俄然有力な新容疑者が浮きあがって来た。新容疑

者とは同村に疎開中の小野宇一郎(六四)長男昭治(二五)で、同人は前科三犯、しかも

本年六月六日、偽名を名乗って収容されていたO刑務所未決監房を破って脱走、かねて手

配中の人物である。当局では親許に立ち廻るのではないかと、脱獄以来警戒中のところ、

俄然、本位田事件のあった二日早朝、同人を現場付近で見たという証人が現われた。又本

位田家では惨劇のあった四日まえ、即ち八月二十九日深更、泥棒に押し入られたという事

実があるが、その泥棒も小野昭治であったろうといわれている。尚、小野一家には本位田

家に対して深い怨恨があるらしく、当局では目下鋭意該人物を捜索中。

    〇

(昭和二十一年九月十日付新聞切り抜き)

   本位田事件容疑者逮捕

     逃れぬ証拠はポケットの義眼

 県下K郡K村に起こった本位田家殺人事件の重大容疑者として手配中の小野昭治は、O

市の知人宅に潜伏中のところを逮捕された。昭治は警察へ連行されると直ちに身体検査を

されたが、意外にも上衣ポケットの破れ穴より一個の義眼が現われて当局を緊張させた。

思うに被害者本位田大助氏の死骸を井戸へ運ぶ途中、義眼がはずれてポケットへ滑すべり

こんだのを、いままで気づかなかったのであろうといわれ、この義眼にして大助氏のもの

と判明すれば、事件は急速度に解決へのみちを辿たどるべく、本人の自供も案外ちかいの

ではないかと信じられている。

    〇

(昭和二十一年九月十二日付新聞切り抜き)

   小野昭治犯行を自認

     凄惨な本位田事件の真相

 本位田家殺人事件の重大容疑者として逮捕された小野昭治(二五)は、十一日夜にい

たって一切の犯行を自供した。ここに本人の自供をもととして、凄惨な本位田事件の輪廓

を描いてみると、つぎの如くである。

 小野昭治の生家小野家というのは、本位田家とともにK村の名家であったが、本位田の

先代大三郎氏、先々代庄次郎氏の辣腕により、小野家の資産はすっかり奪われ、昭治の父

宇一郎の代にいたって、郷里を捨て神戸へ出るのを余儀なくされた。爾来三十年、神戸に

おいて一通りの成功をおさめた宇一郎は戦災のため再び無一物となり、K村へ舞いもどっ

たが郷里の人情は失敗者に対して冷たかった。ことに本位田家では三十年以前宇一郎より

預かった家宝の屛風を横領したまま、言を左右にして返却しようとせず、小野一家は多く

の子弟をかかえて糊口に窮する有様だった。O刑務所を破ってひそかに父の許へ舞いも

どった昭治は、これらの事情をきくや、本位田家に対して含むところ深くここに一家鏖お

う殺さつを決意するに至ったのである。

 つぎに昭治の計画と犯行の顚てん末まつを述べるに次の如くである。八月二十九日深

更、かれは第一回の本位田家襲撃を試みたが、この時はふいに家人にとがめられて狼ろう

狽ばいのあまり一旦逃げ出した。但し、床脇にあった貞宗はそのとき持ち去ったものとい

う。越えて九月一日夜、折りからの二百十日の大暴風を幸いに忍びこんだ昭治は、以前来

たときに見定めておいた大助氏夫婦の寝室へ忍び入り、まず熟睡中の妻梨枝を滅多斬りに

した。その物音に眼覚めた大助氏は、盲目ながらも血の匂いに驚いたのか、蚊帳よりとび

出し、つぎの間の屛風のまえまで逃げのびたが、そこを追いすがった昭治に一突き、心臓

を抉られたのである。血に狂った昭治は、更に他の家人のありかを探し求めたが、幸か不

幸か大助の祖母槇、妹鶴代は離れの土蔵の中に就寝中のため、危うくこの難をまぬがれた

のである。昭治はかれらを発見出来ぬと知るや、大助の死骸を抱いて車井戸に投じ、兇器

を草叢のなかに投じて逃走したが、その際被害者の義眼がポケットの中へ滑りこんだこと

は夢にも知らなかったという。以上が凄惨なる本位田家殺人事件の真相である。

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