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恐ろしき妹(4)
日期:2023-11-24 15:18  点击:268

 わたしはなぜ、小野の昭治さんが犯人の役を買って出たのか知りません。しかし、あの

人はその昔、あなたとたいへん仲のよい友達でしたね。わたしは鹿蔵を問いつめて、事の

実否をただそうとは夢にも思いません。わたしはただ思いつめ、思いつめて、このまま空

気のように天上のはるかかなたへ消えていってしまいたいのです。

 そして、そのときは、もうそれほど遠いことではないでしょう。さようなら。兄さん。

わたしは悪い妹です。

 慎吉追記(昭和二十一年十二月八日)

 恐ろしい妹よ。

 鶴代の最後の手記が、あの事件についてなにもかも、あますところなく書いている以

上、私になんの書き加えることがあろう。ただ、あの事件にいたるまでの兄の苦悶と、そ

れから、事件当時の模様について、些いささかここに誌しるしておこう。

 私は兄があのような恐ろしい疑惑に悩んでいるとは夢にも知らなかった。あの夜、私を

殺しに来たとき、気が狂ったように罵った、兄の言葉をきくまでは、私は兄の心をしめて

いた、あの恐ろしい秘密を夢にも気づかなかったのである。

 兄を苦しめたのは、まず嫂あによめに対する不信である。嫂の不貞に関する疑惑だっ

た。しかもこの地獄の種をまいたのは秋月伍一なのだから、われわれはまんまと、秋月一

家に復讐されたといってもよいだろう。

 伍一が死ぬとき、たったひとり見とってやったのは兄だった。その兄に向かって伍一

は、断末魔の息の下からこんなことをいったそうである。

「貴様の女房の梨枝は、昔おれと関係があったのだぞ。それが噓だと思うなら、今度か

えったら、梨枝の右脇腹、股のつけ根にあたるあたりを調べてみろ。そこに小さなヒョー

タン型の痣あざがあるのだ。それを知っていることは、とりもなおさず、あの女がおれに

体を許した証拠ではあるまいか」

 兄は一年足らず嫂と結婚生活をつづけたが、つつしみぶかいかれは、嫂の体のすみずみ

まで知っているわけではなかった。だから伍一の告白は、かれを愕がく然ぜんとさせると

同時に、泥沼のような疑惑のなかに投げ込んだのであった。しかも、その直後失明するに

いたって、兄の疑惑はもうみずから確かめようのない、救いがたい地獄となった。

 復員して来たとき、兄のからだをつつんでいたあの凄せい惨さんな鬼気は、実にこうい

う理由によるものであった。しかも、その後おりんから、妻と弟の不義を吹きこまれた兄

は、ここにおいて奈落のどん底へおちこんだ。いちど妻の不貞に動揺していた兄は、おり

んさんのこの根も葉もない中傷をすぐ真まにうける心理状態になっていたのだ。しかも、

そこへ更に不幸なことが持ち上がった。

 八月二十九日の夜兄夫婦の寝室付近へ忍びこんだものがあった。それは警察でもいって

いるとおり小野昭治君だったのだが、兄はそれを私だと誤解した。しかも祖母も妹もそれ

を知っていながら、私をかばっているのだと思いこんだのだ。ああ、悲しいのは盲人の猜

疑であった。しかも兄はそれらの猜疑を決して口に出さなかったから、それがわれわれを

悩ませ、恐れさせ、そのことがまた逆に、兄の猜疑を煽あおったのであった。

 九月一日、あの大暴風雨の夜、おさえにおさえられた兄の猜疑と嫉妬は、あらしととも

に爆発した。兄は嫂をズタズタに斬り殺すと、血にまみれた兇器をもって鹿蔵を脅迫し、

H療養所まで駆け着けて来た。

 誰でも知っているとおり、結核療養所というものはいたって開放的な建築に出来てい

る。ことに私の病棟はいちばん奥まったところにあるから、裏山からもすぐ廊下へ入るこ

とが出来るのだ。鹿蔵はまえに何度も見舞いに来たことがあるので、私の病室をよく知っ

ていた。

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