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黒猫亭事件--はしがき(3)
日期:2023-11-27 11:09  点击:293

 さて、かれが三日逗とう留りゆうしているあいだに、私たちは探偵小説についてもいろ

いろ語りあったが、その時のことなのである。私が「顔のない屍体」のことを切り出した

のは。──私はつぎのようなことを、かれにいったのを憶えている。

 いまからざっと二十年ばかりまえに、自分はある雑誌で、探偵小説のトリックの分類と

いうようなことを試みたことがある。いまその雑誌が手もとにないので、はっきりしたこ

とはいえないが、「一人二役」型だの、「密室の殺人」型だの、「顔のない屍体」型だの

と、探偵小説でもっともしばしば扱われるトリックについて、述べたものであったように

思う。それから二十年、探偵小説も大いに進歩したが、いまだに、いまあげた三つのト

リック──トリックというより、テーマといったほうが正しいのかも知れないが──が、探

偵小説の王座をしめているのは興味のあることだ。

 しかし、この三つの型を仔し細さいに調べてみると、そこに大きな相違があることに気

がつく。と、いうのは、「密室の殺人」や「顔のない屍体」は、それが読者にあたえられ

る課題であって、読者は開巻いくばくもなくして、ははア、これは「密室の殺人」だなと

か、「顔のない屍体」だなとか気がつく。しかし、「一人二役」の場合はそうではない。

これは最後まで伏せておくべきトリックであって、この小説は一人二役型らしいなどと、

読者に感付かれたが最後、その勝負は作者の負けである。(もっとも、あらゆる探偵小説

は、犯人が善人みたいな顔をして出て来るのだから、一種の一人二役だが、それはここに

いう「一人二役」型とは別である)

 そういう意味で、「一人二役」型と「密室の殺人」型や「顔のない屍体」型はたいへん

ちがっているのだが、さてまた、「密室の殺人」型と「顔のない屍体」型とでは、これま

た大いに趣がちがっている。と、いうのは「密室の殺人」型の場合には、あたえられる課

題は「密室の殺人」と、きまっていても、その解きかたは千差万別である。いや、「密室

の殺人」という同じテーマに、いかにちがった解決をあたえるかというところに、作者も

読者も興味を持つのである。

 ところが「顔のない屍体」型の場合はそうではない。もし、探偵小説で顔のない屍体、

即ち、顔がめちゃめちゃに斬りきざまれているとか、首がちょんぎられてなくなっている

とか、焼け跡から発見された屍体の、相好のみわけもつかなくなっているとか、さてはま

た、屍体そのものが行く方不明になっているとか、そんな事件にぶつかったら、ははあ、

これは被害者と加害者とがいれかわっているのだなと、すぐそう考えても、十中八九まず

間違いはない。即ち、「顔のない屍体」の場合では、いつも、被害者であると信じられて

いたAは、その実被害者ではなくて犯人であり、犯人と思われているB──そのBは当然、

行く方をくらましているということになっている──これが、屍体の御当人、即ち被害者で

ある。と、いうのが、少数の例外はあるとしても、いままでこのテーマを取り扱った探偵

小説の、たいていの場合の解決法である。──と、そんな事を得意になってしゃべったの

ち、

「ねえ、これ、妙じゃありませんか」

 と、私はいった。

「探偵小説の面白さの、重要な条件のひとつとして、結末の意外さということが強調され

ているんですよ。ところが、『顔のない屍体』の場合に限って、誰の小説でも犯人と被害

者のいれかわりなんです。つまり『顔のない屍体』の場合にかぎって、事件の第一歩か

ら、読者は犯人を知っているんですよ。これは作者にとってたいへん不利なことですよ。

ところが、その不利を意識しながらも、たいていの作家が、きっと一度はこのテーマと

取っ組んでみたいという誘惑をかんじるらしいんです。つまり、このテーマにはそれだけ

魅力があるんですね」

「すると、何ですか」

 と、金田一耕助は面白そうに訊ねた。

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