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黒猫亭事件--四(2)
日期:2023-11-27 11:23  点击:257

「それについて、私たち、いまになって妙に思っているんですが、マダムは今月のはじめ

ごろから病気だといって、奥の六畳にひきこもったきり、一度も顔を見せませんでした。

ええ、その時分も、すこしへんだとは思いましたが、でも、それほど深く、気にとめてい

たわけではございません。しかし、いまになってかんがえてみると、あたしたち三人と

も、今月になって一度もマダムの顔を見ていないんです。おひまが出たときも、マダムに

挨拶をしようというと、マスターが、あれは病気だからいいとおっしゃるので……」

 司法主任はそれをきくと、ふいと怪しい胸騒ぎをかんじた。その胸騒ぎの理由が、なに

によるのかはっきりつかめなかったが、なにかしら、えたいの知れぬドス黒い不安が、い

かすみのように、噴き出して来るかんじだった。

「しかし、マダムはいることはたしかにいたんだね」

「ええ、それはいました。あたしたちに顔を見せませんでしたけれど、御不浄へいく後ろ

姿などがときどき見えました。六畳のまえをとおると、向こう向きに寝ていて、本など読

んでいるのがよく見えました」

「いったい、マダムの病気というのはどういうことだね。それほどの病気で、医者を呼ぼ

うともしなかったのかね」

「いいえ、病気たって、そんな病気じゃなかったんです。マスターの話によると、悪い

ドーランにかぶれて、まるでお化けのような顔になった。だから、誰にも顔を見られたく

ないんだと、そういうお話でした。マダムはよくドーランにかぶれるので、去年も一度そ

んなことがあったのですが、今度はよほどひどかったのだと思います」

 司法主任はまた怪しい胸騒ぎをかんじた。

「それで、マダムが顔を見せなくなったのは、いつごろからの事なんだね。はっきりした

日はわからないかね」

 それについては、お君がこんなふうにこたえた。先月の二十八日、つまり二月のいちば

んおしまいの日は臨時休業だった。自分はその日、朝からひまをもらって、目黒の叔母の

家へ遊びにいって、一晩とまってかえった。するとマスターが、マダムは病気で寝ている

から、奥の六畳へちかよらないようにといった。それ以来、マダムの顔を見たことがな

い。……

黒猫亭事件2
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