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黒猫亭事件--五(2)
日期:2023-11-27 11:30  点击:255

「土木建築業、風間組事務所」──そういう看板のあがった、仮り建築の事務所の中で、は

じめて向かいあった風間俊六という男は、刑事の予想とは、およそかけはなれた人物で

あった。土建業の親分──と、いう先入観から、かれはもっと年をとった、脂ぎった人物を

想像していた。ところが、会ってみるとその人は、四十に四、五年、間のありそうな年頃

で、頭を丸刈りにした、まだ多分に、書生っぽさの残っている人物だったので、刑事も

ちょっと案外だった。

 しかし、話してみるとさすがにちがったところがあった。老成した口の利きかたには、

一種の重みがあって、ちょっとした身のとりなしにも、ヒヤリとするような鋭さがあり、

しかし一方、それを露骨に見せないだけの、身についた練れも出来ていた。

 それはさておき、刑事がまず驚かされたのは、この男がすでに、G町の事件を知ってい

たことである。それについて、かれはしごく無造作にこういってのけた。

「なアに、お君という娘が電話で報らせてくれたんですよ。だからいまに、警察のかたが

見えるだろうと思って、待っていた所です」

「ああ、それで……いや、すでに御存じとしたら却かえって話しよい。ところで、どうで

すか、御感想は?」

「感想? そうですね。お君の電話をきいたときには、たしかに驚いたことは驚いた。し

かし、それもいっときのことで、落ち着いてかんがえてみると、敢えて驚くに足らんとい

う気がしています」

「と、いうのは、何かこのような事件が、起こるだろうというような予感でも……

「いや、そういう意味じゃありません。あっしのいうのは、こういう時代でしょう? そ

れにあいつらの……いや、『黒猫』の商売が商売でしょう? こういう血なまぐさい事件

が起こっても、敢えて異とするに足らんという意味です」

「『黒猫』へは行ったことがありますか」

「ありません。G町というのがどのへんなのか、それさえよく知らないンです。まさか亭

主といっしょにいるところへ、のこのこ、出かけられもしないじゃありませんか」

 風間はあけっぴろげの声をあげて笑った。肉付きのたくましい厚みのある男で、いかに

も肺活量の強そうな、深いひびきのある声だった。

「ひとつ、お繁という女との関係を話してくれませんか」

「話しましょう。どうせわれわれは聖人君子じゃない。気取ってみたって仕方がありませ

んからね。しかし、別に変わったところもありませんよ」

 風間がはじめてお繁にあったのは、横浜のさるキャバレーで、それは一昨年の暮れのこ

とだった。お繁は当時、中国から引き揚げて来たばかりで、ほとんど身ひとつというよう

な状態だった。そのキャバレーには、ほかにも女が大勢いたが、とくにお繁のすがたが風

間をとらえたのは、

「あいつがいつも着物を着ていたからなんです。ええ、銀杏返しや鬘かつら下した地じな

んかに結ってね、黒くろ繻じゆ子すの帯やなんか締めている。そんなところで、そんなふ

うをしているのが面白くて、こいつ話せると思ったんです。しかし、そうかといって、こ

の女をどうしようなんて考えはあっしにゃなかった。これはほんとのことです。自分の口

からいうのも変だが、あっしゃ女にかけてはわりに淡白なほうです。もちろん嫌いじゃあ

りませんがね。それよりも、あっしにゃ金かね儲もうけのほうがよっぽど面白い」

 それにも拘らず、結局、風間がその女の面倒をみるようになったのは、

「つまり、まんまとあいつに、してやられたようなもんですよ」

 風間はそういって、また、ひびきのある声で笑った。

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