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黒猫亭事件--五(3)
日期:2023-11-27 11:30  点击:250

 ちょうどその頃、風間の建てた家があいていたので、お繁をそこへかこってやった。そ

して、ときどき通っていくことにしていた。風間はとくにその女が好きでも嫌いでもな

く、いわば惰性で、そんな関係をつづけているみたいなもんだった。

「だから、お繁の亭主という奴が、だしぬけに名乗って来たときにも、あっしゃ大して驚

きもしませんでしたね。それがあの、糸島大伍という男で、去年の六月のことでした。あ

なたはあの男をどういうふうに、思っておいでか知りませんが、見かけはしじゅうにこに

こと、おだやかな顔付きをした男だが、あいつ、あれで相当なもんですよ。あっしに向

かって凄すご味みな文句をならべやアがったからね」

 風間はそういって、自分自身、凄味のある微笑をうかべると、

「しかし、糸島のやつ、なにもそんなに強こわ面もてで来る必要はなかったんだ。正直に

いって、あっしゃあの女を持てあましていたんです。と、いうのが、あンまり大きな声

じゃいえませんが、長く外地を流れて来ると、あんなふうになるもんですかね、お繁とい

う女が、つまり、その、なんですな、変な好みを持っていやアがるんですよ、男と女の関

係にですね」

 風間はにやりと笑って、それから、それを弾はじきとばすように、勢いよく笑うと、

「いや、変な話になって恐れ入ります。あっしゃ、しかし、これでまともな人間なんで

す。万事好みも平凡なもんだ。だからはじめのうちこそ珍らしかったが、しまいにゃしつ

こいのでいやになった。なるべく足を抜くことにしていた。そういうやさきでしたから、

亭主と名乗る奴が現われたのは、渡りに舟みたいなもんで、あっさり、のしをつけて返し

てやりましたよ」

 刑事はそういう風間の顔をまじまじと視詰めながら、

「しかし、それにも拘らず、あんたはその後も、あの女に逢っていたんですね」

「いや、それをいわれると一言もありません。きれいな口を利いていても、結局、男って

やつはいやしいもんだ。いえね、あっしだって、いったんのしをつけて返した女だ。まさ

か、こっちから、ちょっかいを出すようなことはなかったが、女の方からヤイヤイいわれ

ると……なんていうと笑われるかも知れませんが、なに、向こうさまのお目当ては、あっ

しという人間にあるんじゃない。あっしの抱いてる、新円にあるんだから世話はありませ

んや」

「しかし、まんざら、そればかりじゃなかったんでしょう。やっぱりあんたに、惚れてる

ことは惚れてたんでしょう」

 村井刑事はそれを極く、しぜんにいうことが出来た。話しているあいだに、この男の粗

野で、押しの太い人柄に、強い魅力をかんじずにはいられなかった。こういう人格はどう

かすると、あるタイプの女を夢中にさせるものである。相手はしかし、刑事の言葉をどう

いう意味にとったのか、ただぶすっと、渋い笑いをうかべたきりだった。

 刑事はそこで話題を転じて、鮎子という女のことを訊ねてみた。すると、風間はふいと

眉をくもらせて、

「ええ、そのことについて、いま思い出していたところなんです。いいえ、わたしゃその

女に会ったことはない。しかし、名前はお繁からおりおりきいていた。お繁は亭主に惚れ

ちゃいなかった。いや、むしろ憎んでいた。しかし、そんな亭主でもほかに女が出来たと

なると、やっぱり、女の自尊心が承知しないんですね。よく、わたしに愚痴をこぼしてい

ました。あっしはしかし、そんな事には一向興味がなかったから、いつもいいかげんにあ

しらっていたんです。ところが、いちばん最後にあったとき、そう、二月のなかごろでし

たかね、お繁が妙に興奮してましてね、自分はいつなんどき死ぬかも知れん、死んだらお

線香の一本もあげてくれなどと、いやにしめっぽいことをいうかと思うと、急にまたいき

り立って、いいや、自分ひとりじゃ死なない、死ぬときにゃア、あの女もいっしょに連れ

ていく、唯ただじゃおくもんかなどと、とにかく手がつけられないんです。いまから思う

と、あの時分からあいつは、今度のことを決心していたんですね」

「すると、あんたも鮎子を殺したのはお繁だと思うんですか」

「そうでしょう。まさか糸島が自分の情婦を殺す筈がない。わたしはお繁が人殺しをした

としても、ちっとも不思議はないと思う。あいつは女じゃない。お繁という奴は牝です

よ」

 風間はそういって、凄味のある微笑をうかべた。

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