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黒猫亭事件--六(2)
日期:2023-11-27 11:32  点击:275

 かれが焚き物をとりに、裏の雑木林へやって来ると、崖下の「黒猫」の庭で土を掘るよ

うな音がきこえた。日兆が何気なくのぞいてみると、それは「黒猫」の亭主糸島大伍で

あった。そんなところに穴を掘ってなににするのかと、日兆が訊ねると、猫が死んだから

埋めるのだと糸島がこたえた。

 ところが、それから二、三日して、また、裏の雑木林へ焚き物をとりにいくと、「黒

猫」の庭で猫の啼なくこえがきこえた。日兆はこのあいだのことを思い出して、思わず

ゾーッとしたが、崖のうえからのぞいてみると、死んだ筈の黒猫が、「黒猫」の縁の下か

ら眼を光らせて、しきりに啼いているのだった。

 日兆はまたゾーッとしたが、まさか、それを猫の幽霊だと、きめてかかるほど迷信深く

もなかった。

 ナーンだ、猫は生きているじゃないか。マスターは噓を吐いたのだ。しかし、なぜあん

な噓をついたんだろう。そして、また、あの穴には何を埋めたんだろう。……

 そう思ってこの間、マスターが穴を掘っていたところへ、眼をやったとたん、日兆はま

たどきっとした。そのころは、まだ落ち葉でかくしてなかったのでよくわかったが、掘り

くりかえした土の跡は、とてもひろくて、何を埋めたのか知らないが、よほど、大きな穴

を掘ったにちがいないと思われた。日兆は何んとなく胸騒ぎがするかんじで、しばらく

じっと崖のうえから、掘りかえされた土の跡を視詰めていたが、そのときふいと、焼けつ

くような視線をどこかにかんじた。日兆はあわててあたりを見廻したが、すると「黒猫」

の奥座敷の障子のすきからまじまじと、こっちを視ている眼とばったり出会った。その眼

はすぐに障子のかげへかくれたが、日兆はいよいよはげしい胸騒ぎをかんじた。眼だけし

か見えなかったので、それが誰だかよくわからなかったが、たしかに女の眼であった。女

とすると「黒猫」には、マダムのほかに加代子、珠江、お君の三人がいるきりだが、いま

の眼はそのうちの、誰でもないような気がしてならなかった。

 その翌日、日兆は前月の地代のつりを、まだ「黒猫」へ持っていってなかったことを思

い出したので、それを持っていったついでに、それとなく、奥の座敷のことを訊ねてみ

た。奥にいるの誰って、マダムにきまっているじゃないの、と、三人の女がこたえた。マ

ダムのほかに誰かいるだろうと重ねて訊ねると、誰がいるもんですか、マダムは顔におで

きができて、あたしたちにさえ会わないようにしてるんですもの。だけど変ねえ、日兆さ

んは。どうしてそんなことを訊ねるの。あら、わかっているじゃないの、日兆さんはマダ

ムが好きなのよ。ほの字にれの字なのよ。やあい、赧あかくなっちゃった。……

 女たちにひやかされて、日兆はほうほうの態ていで寺へ逃げてかえったが、どうしても

あの穴と、奥座敷のことが気になるので、またそっと雑木林へしのんでいった。そして崖

下をのぞいてみると、土を掘った跡はきれいに落ち葉でかくしてあった。……

 日兆の不安はいよいよ色濃くなった。好奇心はますますはげしく、火のようにもえあ

がった。その不安を解消するためには、「黒猫」の奥座敷にいる女が、果たしてマダムで

あるかどうか、見とどけるよりほかにみちがなかった。好奇心がそばからそれを煽動し

た。日兆は崖上の草くさ叢むらから、あの部屋を見張っていることに決心した。崖うえの

草叢のなかに寝そべっていると、すぐ眼の下にあの座敷が見える。座敷にはちかごろいつ

も、ぴったり障子がしまっているうえに、ガラスにはごていねいに紙まで貼って、なかが

見えないようにしてあった。しかし……と、その時日兆はかんがえた。あの女が誰にし

ろ、人間である以上は、日に数回の生理的要求をこばむわけにはいかないだろう。そして

便所は障子の外の縁側の端にある。日兆は根気よく、鼠をねらう猫の辛抱強さで、そのと

きの来るのを待っていた。……

「で、君は結局、その女を見たのかい。見なかったのかい」

 ネチネチとした日兆の話しぶりに、やりきれなくなった署長がきり込むと、日兆はギラ

ギラする眼を光らせながら、

「み、──見ました。見たのです」

「見た? で、どうだったのだ。マダムだったのかい、マダムじゃなかったのかい」

「マダムではなかったのです。わたしの全然知らない女、見たこともない女でした」

 日兆の言葉に村井刑事は、よろこびにふるえあがったが、署長と司法主任はすっかり度

をうしなってしまった。

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