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黒猫亭事件--七(2)
日期:2023-11-27 12:40  点击:247

 相手はそんなことと知ってか知らずか、目黒から渋谷へ出ると、私鉄でG町までやって

来て、例の裏坂へ入っていった。刑事はいよいよ怪しんだが、しかし、相手はゆうゆうた

るものである。帽子をあみだにかぶり籐のステッキをふりながら、なれた散歩をしている

ようなあしどりだ。口笛ぐらい吹いているのかも知れない。ところが、蓮華院の裏まで来

たときである。なんとなく、足どりがかわったように思えたから、刑事がおやと思ってい

ると、ふいに姿が見えなくなった。築つい地じのなかへ吸いこまれたのである。

 刑事は驚いた。あわててそばへ駈けつけてみると、ナーンだ、そこだけ築地がくずれて

いて、人の出入りの出来るくらいの、穴があいているのである。これで相手の消えた理由

はわかったが、理由はわかっても疑いは帳消しにならぬ。帳消しどころかますます濃くな

るばかりだ。刑事もなかへ忍びこんだ。

 まえにも言ったとおり、そこには武蔵野の面影をとどめる雑木林がうっそうとしげって

いる。春先のことで黄色くすがれた下草が、しょうじょうとして続いていた。刑事はあた

りを見廻したが、相手のすがたはどこにも見えなかった。耳をすましたが足音もきこえな

かった。刑事はいささか不安になったが、ここまで来て、見失ったまま引き返すのは業ご

う腹はらだった。刑事は枯れ草をわけながら、しだいに森の奥へすすんでいった。する

と、ふいに向こうのほうに、さっきの男のすがたが見えた。太い欅けやきに身をよせて、

じっと向こうを見詰めているのである。なんだかひどく緊張した横顔だ。

 いったい、何を見ているのだろうと、刑事も首をのばしたが、そこからではよく見えな

かった。刑事は一歩踏み出した。それでも駄目なので、二歩、三歩、四歩と踏み出してい

るうちに、突然刑事はからだの中心を失った。くらくらと雑木林が、眼のまえで大きくゆ

れたかと思うと、どさっと音を立てて、かれは穴のなかへ投げ出された。

 あとでわかったことだが、それは戦争中に掘った防空壕だった。幸い落ち葉が底にた

まっていたので、どこにもけがはなかったけれど、いっときは茫然として、何が何やらわ

けがわからなかった。尻しり餠もちついたまま、きょときょとあたりを見廻していると、

ひょっこり、うえからのぞいたのがさっきの男だった。

「あっはっは、刑事さん、そこを掘ってごらんなさい。狐の嫁入りが見えますぜ」

 そういいすててゆうゆうと立ち去っていったのが、即ちいま眼のまえにいる男なのであ

る。刑事はあつい溜め息をついた。

「金田一さんという方ですね」

 署長はうさんくさそうに、二人の顔を見くらべていたが、それでも如才ない調子でそう

いった。

「はあ」

「どうぞお掛けください。この人とは御懇意ですか」

 と、つまぐっていた名刺を見せた。

「はあ、ちょっと──」

「で、御用というのは?」

「そのことについては、昨日もここにいらっしゃる、刑事さんに申し上げておいたんです

がね。つまり、幽霊を出してお眼にかけようというんです」

「幽霊──?」

 署長と司法主任は眼を見交わした。司法主任は何かいおうとしたが、署長が眼顔でさえ

ぎると、

「幽霊とはなんですか」

「幽霊──いろいろありますな。ちかごろじゃ。何しろ百鬼夜行の世の中だから。しかし、

ぼくがいま出してお眼にかけようという幽霊は、黒猫亭事件の犯人のことですがね」

 署長と司法主任はまた眼を見交わした。それから署長はすこしからだを乗り出して、

「するとあなたは糸島大伍や、桑野鮎子のいどころを御存じですか」

「ええ、知っています」

 金田一耕助は平然とうそぶいたが、それをきいたとたんに、そこにいあわせた人々は、

いまかれの吐いた短い一句が、まるで爆弾ででもあったように、椅子の中でとびあがっ

た。

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