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黒猫亭事件--七(3)
日期:2023-11-27 12:41  点击:238

 署長はしばらく、茫然とした眼で、穴のあくほど相手の顔を視詰めていた。この男、馬

鹿か気ちがいか、それとも非常にえらい人間なのか。

「いったいそれはどこです。どこにかれらはかくれているんです」

「ええ、いまそこへ御案内しようと思うんですがね。しかし、そのまえにひとつだけ、お

願いがあるんですが」

「それは、どういうことですか」

「蓮華院の日兆君を、もう一度ここへ呼んでいただきたいのですがね。あの人に、ちょっ

とききたいことがあるんです。それさえわかれば万事O・K、すぐに糸島と鮎子のところ

へ御案内いたします」

 署長はしばらく、どうしたものかというふうに、金田一耕助の顔を見ていたが、ふと、

指先でつまぐっている名刺に眼を落とすと、決心がついたように司法主任をふりかえっ

た。

「君、G町の交番へ電話をかけて、長谷川君に日兆を、つれて来るようにいってくれたま

え」

「あっ、それじゃついでに、日兆君がいたら、こちらへ来るまえに、電話で報らせてくれ

るように、言い添えて下さい」

 金田一耕助がそばから付け加えた。司法主任は電話をかけおわると、金田一耕助のほう

をふりかえって、

「金田一さん、あなたはさっき幽霊──と、いうような事をおっしゃったが、ひょっとする

と、鮎子は死んでるとでも、思っていらっしゃるんじゃありませんか」

 金田一耕助は眼をまるくして、

「鮎子が──? どうしてですか。どうして、どうして、あの女が死んでるもんですか、ぼ

くがいま幽霊といったのは、あいつ、いったん死んだことになっている。それだのに生き

ているから、幽霊といったんですよ」

 司法主任は黙りこんでしまった。日兆のああいう証言があったあとでも、かれはまだ、

殺されているのは鮎子であり、犯人はマダムであろうという説を、捨てかねているのだっ

た。さっきからまじまじと、疑わしげな眼で、金田一耕助の顔を見ていた村井刑事が、そ

のとき、わざといま思い出したように横から口を入れた。

「そうそう、いま思い出しましたが、金田一さん、あなたは風間俊六氏のお識り合いだそ

うですね」

 金田一耕助はそれをきくと、にやっとわらって、

「あっはっは、刑事さん、あなたどうしてそれを知ってるんですか。ああ、わかった。お

君ちゃんにきいたんですね」

「誰にきいてもいいが、どういうお識り合いですか、あの人と」

「中学時代の同窓ですよ」

 それから金田一耕助は、油紙に火がついたように、ベラベラしゃべり出した。

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