がやがや、ばたばた、騒々しい声と足音がしだいにこっちへ近づいてくると、やがてそ
れはぴったりと、障子のかげにとまって、なにやらひそひそ話をしている。あんな人知ら
んなあとか、あんまりええ男じゃないとか、そんな声がとぎれとぎれにきこえて、くすく
す忍び笑いの声がするので、さすがの耕助も赤面せざるをえなかった。
和尚は苦笑いしながら、
「これこれ、娘たち、なにをそこでごちゃごちゃ言うているんじゃ。早うこっちへ来て、
お客さんにあいさつせんかい」
「わっ、きこえたア」
ひとしきりけらけらと笑いころげると、やがてひとりひとり取りすまして、座敷のなか
へ入ってきたのは、舞まい妓このような振ふり袖そでに、たかだかと帯をしめあげた三人
の娘。敷居ぎわにべったり座って頭をさげたとき、髪にさした花かんざしが、幻のように
ヒラヒラゆれた。
金田一耕助はそのとたん、いきをのんで思わず大きく眼をみはった。
「金田一さん。これが千万太の妹でな。月代、雪枝、花子──十八をかしらに三人年子じゃ
て」
この美しい、しかしどっか尋常でない、三輪の狂い咲きを眼のまえに見たとき、金田一
耕助は、ゾーッと冷たい戦せん慄りつが、背筋をつっ走るのを禁ずることができなかっ
た。彼はいまはじめて、自分をここへつれてきた使命の、容易ならぬことを知ったのであ
る。
むんむんするような復員船の熱気のなかで、腐った魚のように死んでいった鬼頭千万
太。その千万太が、最後の呼吸とたたかいながら、あえぎあえぎ、くりかえしくりかえし
言い残していったことば……。
「死にたくない。おれは……おれは……死にたくない。……おれがかえってやらないと、
三人の妹たちが殺される……だが……だが……おれはもうだめだ。金田一君、おれの代わ
りに……おれの代わりに獄門島へ行ってくれ。……いつか渡した紹介状……金田一君、お
れはいままで黙っていたが、ずっとまえから、きみがだれだか知っていた……本陣殺人事
件……おれは新聞で読んでいた……獄門島……行ってくれ、おれの代わりに……三人の
妹……おお、いとこが、……おれのいとこが……」
鬼頭千万太はそこまで言って、がっくり息が絶えてしまったのである。
臭い、煮えくりかえるような復員船の熱気のなかで……