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太閤様の御臨終(1)
日期:2023-11-28 13:04  点击:256

  太閤様の御臨終

「それで、旦だん那なは千光寺にいなさるんですね。寺ならまあのんきでようがしょう

が、その代わり、さぞ不自由なこってしょう」

「そうでもないよ。不自由にゃ慣れてるからね。それにいまどき、どこへ行ったところで

いいことはなさそうだから」

「ははははは、そういえばそんなものだ。あっしもこのあいだちょっと、大阪へ行ってき

ましたが、都会はひどうがすな。いまどき、まちがっても都会住まいをするもんじゃねえ

と、つくづく思いますよ」

「親おや方かた、郷く里にはどちらだね。島の生まれじゃなさそうだね」

「あっしですかい。あっしゃ渡り者。日本国じゅう歩いてまさあ。そンなかでもいちばん

長くいたのが横浜だから、やっぱり東の人を見ると懐かしい。旦那はあっちの方でしょ

う」

「ぼくか。ぼくもきみと同じ渡り者さ。ニューギニアまで流れてきたからね」

「ちがいねえ。ははは、しかし、ありゃ戦争のためだからしかたがねえとして、やっぱり

東京のほうでしょう」

「ふむ。兵隊にとられるまでは東京に住んでいたが、かえってみたらきれいさっぱり焼け

ていた。だから、当分こうして島から島へと流れて歩くつもりさね」

「けっこうな御身分──と、いいてえが、どっか体のぐあいでも悪いンですかい。見たとこ

ろ、そのようでもねえが」

「別にどこって悪かあないがね。やっぱりしんがくたびれてるんだろうよ」

「そりゃ、ま、無理もありませんや。まったく馬鹿な戦争をしたもんで。──まあ、せいぜ

い寺を食いつぶしておやんなさい。なに、構うもんですか。旦那にゃ島一番の網元がつい

ているんだから。ときに、わけますか」

「いや、そのままでいいんだ。そのまわりを少し短く刈ってもらえばいい」

「蓼たで食う虫もすきずきということがあるが、こりゃたいへんな頭だな、櫛くしも通ら

ねえから驚く」

「まあそういうなよ。こうなるまでにゃ骨が折れたんだから。兵隊に行って丸坊主にされ

たときにゃ悲しかったね。毛を刈られた緬めん羊ようみたいで格好がつかなかった」

「ははははは、これだけ伸ばしときゃ、頭から風か邪ぜをひく心配はねえ」

 獄門島にたった一軒しかない床屋の親方の清公は、横浜に長くいたというだけあって、

江戸弁が自慢らしかった。しかし、その江戸弁たるや、金田一耕助の東京弁同様、はなは

だ怪しげなもので、多分にスフが入っている。しかし……と、ところどころ水銀のはげた

鏡をにらみながら、耕助は考えるのである。自分は今日、そのつもりで来たのではない

か、この清公をつかまえてきいてみれば、少しは島の様子がわかるのではないか。

 耕助が島へ着いてから、もう十日あまりになるが、その間におけるかれの立場は、まこ

とにへんてこなものであった。鬼頭千万太の添書があるから、どこへ行っても粗略にはさ

れない。しかしそれはただ表面だけのことで、親切らしい、愛想のよいいたわりの底に

は、だれもかれもが堅い鎧よろいで身をまもっている。むろんそれはこういう島へ入って

きた、他国人のだれもが、はじめのうちきっと一度は受ける感じであろうが、耕助にはそ

の鎧の下に、なにかしら、ふつう一般の他国人に対する警戒を超えたものがあるように思

えてならないのだ。

 鬼頭千万太が死んだという事実は、電流のように獄門島をつらぬいて、いまそこに一種

の恐慌状態をまき起こしている。だれもかれもが妙に不安な、落ち着かない顔つきをして

いる。それはちょうど物慣れた漁師たちが、水平線のかなたにうかんだ黒雲のなかから、

暴風雨のにおいをかぎわけたときのように、どうにもならない運命の影におののいている

ようにも見えるのだ。

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