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太閤様の御臨終(2)
日期:2023-11-28 13:05  点击:280

 なぜそうなのだろう。鬼頭千万太の死がなぜそのように大きなパニックを巻き起こすの

だろう。そして、かれらはなにをあのように不安そうに見まもっているのだろう。耕助は

そのことと鬼頭千万太の臨終のことばを結びつけてみる。獄門島へ行ってくれ。……妹た

ちを助けてくれ。……妹たちが殺される。……いとこが……いとこが……。

「いったい、鬼頭さんというのは、よほどの物持ちかね」

 頭を終わって、顔にかかった。耕助は、せっけんをなすりつける親方の指の気持ちわる

さに顔をしかめながら、それでもことばだけは軽かった。

「そりゃもう、島の一番の網元ですからね。いや、この島ばかりじゃありますめえよ。ち

かまわりの島で、あれくらいの網元ってのはほかにねえって話でさあ」

「網元ってものは、そんなにかせぐものかね」

「そりゃ、あなた、たいへんなもんでさあ」

 網元について、床屋の清公の語るところによるとこうである。漁師にも三階級ある。い

ちばん下は船も網も持っていない。それこそ裸一貫の体がもとでの連中で、これは農村に

おける小作に相当する。そしてこの階級がいちばん多いことはいうまでもない。そのつぎ

は船も網も持っているが、どちらもいたって小規模なやつで、せいぜい二、三人で打てる

打うた瀬せ網あみ、船もトロール船よりまだ小さい。そういう連中で、これは農村におけ

る自作農である。

 さて、そのうえに君臨するのが網元で、これは農村でいうと大地主であり、しかもにら

みの利きくことは地主以上である。

「あっしゃまえに農村に住んでいたこともありますが、地主というやつもボロイもんでさ

あ、地主と小作の分けまえは、ところによって違ってますが、たいてい米の出来高の四分

六分、つまり、地主はふところ手のくわえ煙管ぎせるで、四分は自分のふところに入るん

ですからね。しかし、小作のほうでも裏作はまるどりということになってますから、これ

でいくらか助かるわけです。ところが網元と漁師の関係というものは、そんなもんじゃね

えンで」

 網元は船を持っている。網を持っている。漁業権を持っている。その代わりかれらはな

にもしないで、漁獲の全部をふところに入れる。漁師は日当いくらというのがふつうだそ

うである。

「なるほど、それじゃ都会の資本家対労働者と、同じ関係なんだね」

「そうなんで。そりゃまあ。大たい漁りようのときにゃ振る舞いも出るし、祝儀も出ま

す。また、不漁のときだって、決まった日当は払わにゃならねえ。しかし、なんたって捕

れたものを全部ふところへ入れるンだから大きゅうがす。漁師どもにしてみれば仕事に出

るにも網元の船と網がなけりゃどうにもならねえわけだから、しぜん頭はあがりません

や。網ですか。いろいろありますね。鯛たい網あみ、壺つぼ網、鰯いわし網……鰯網たっ

て、ここいらのは関東のような鰯を捕るンじゃなくて、いりこってやつですな。とにかく

そういう大仕掛けな網は、みんな網元が持ってるわけです。それに八梃ちよう艪ろの二、

三杯も持ってなきゃならねえ。だからもとでのかかってることもかかってますがね」

 それに漁師ってやつが、板いた子こ一枚下は地獄の観念が去らないから、どうしても刹

せつ那な主義的である。飲む、打つ、買うの三拍子、そこで前借ということになる。こう

して漁村における網元対漁師の関係は、農村における地主対小作以上に、強い封建的な絆

きずなで結ばれているのがふつうなのである。

「その代わり網元のほうでも、よほどしっかりしていなきゃいけませんや。なにしろ相手

が百姓とちがって、荒っぽい漁師ですからね。めんどうも見てやらなきゃならねえが、甘

やかすのは禁物です。つまりにらみが利いてなきゃならねえわけで、そこへ行くと昨年亡

くなった鬼頭の隠居、嘉か右衛門えもんさんなんか偉いもんでしたね」

 話題がやっと鬼頭家へめぐってきたので、耕助はいくらか緊張したが、しかし、口先だ

けは相変わらず軽かった。

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