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太閤様の御臨終(5)
日期:2023-11-28 13:06  点击:264

「潮つくりの赤旗ひとつで船は動くんですからね。こいつの旗の振りかたが悪いと、第

一、網がひろがりませんや。だからむずかしい役で、秘伝みたいなものがあって、網元の

相場なども、よい潮つくりを持ってるかどうかで決まるといわれてます。だから網元でも

潮つくりばかりは大事にします。竹蔵さんなんか、このへん切っての潮つくりといわれて

ますが、親の代から本ほん鬼頭の出入りで、こればかりは分わけ鬼頭がどんなに悔しがっ

ても歯が立ちません」

「分鬼頭ってのがあるのかい」

「へえ、本鬼頭と分鬼頭、いまじゃこの二軒が島の網元なんです。せんには一軒巴ともえ

屋やってのがあったんですが、四、五年まえにつぶれっちまいましてね。ところでこの本

鬼頭と分鬼頭、もとはといえば親類筋ですが、代々仲が悪くって、これがあるから嘉右衛

門さまも安心して目をつむれなかったろうというこってす」

「なるほど」

「なンしろ、こっちは肝かん心じんの息むす子こは気がちがってる。大事な孫は二人とも

兵隊にいって、生死のほどもわからねえ。と、来てるンですから、太閤さんの御臨終で、

修しゆ羅らの妄もう執しゆう晴れなかったろうという評判です」

「ははははは、きみはたいへんなことを知ってるね。するとさしずめ分鬼頭の御主人とい

うのが、家康公というわけかい」

「そうです、そうです。しかもこの家康公には淀よど君ぎみがついてるんだからたいへん

だ。旦那の儀ぎ兵へ衛えさんも儀兵衛さんだが、おかみさんのお志し保おさんというのが

すごい」

「ああ、あのお志保さん」

「お会いになりましたか」

「ああ、ぼくが島へついたつぎの朝、千光寺へお参りにきたといってやってきたぜ」

「そうれ、そういう女です。あの女が、なに、寺参りなどする柄かい。千万さんの死んだ

ということを、どこかできいたもンだから、あなたのところへ確かめに行ったにちがいね

え」

「そういえば、千万太君の臨終の模様を根掘り葉掘りきいてたね。しかし、そりゃア親類

だから。……それにありゃ、ずいぶんきれいなひとだね」

「そこがそれ、淀君でさあね。あの女は、さっきもいったもう一軒の網元、巴屋の娘です

がね。これが千万さんにぞっこん惚ほれて嫁になるつもりでいたんでさあ、いや、一説に

よるとあの女の惚れてたなァ、千万さんじゃなくて、一さんだって話もありますが、そん

なことはどっちだっていい。どっちにしたってそんな、つぶれそうな家の娘など、嘉右衛

門さんが嫁にするもんですか。そこで、こいつ脈がないとみてとると、阿あ魔ま、本鬼頭

とは敵同士の分鬼頭へ、さっさと嫁にいきゃアがった。ところで分鬼頭の旦那の儀兵衛さ

んというのは、今年六十いくつ、お志保さんはまだ二十七、八、三十にゃなってねえで

しょう。もちろん後のち添ぞいでさア。儀兵衛さんにゃ子がなくて、先のおかみさんの甥

おいを養子にしてたンですが、去年お志保さんに子どもが生まれるととうとう養子を追い

出してしまいやアがった。いや、外げ面めん如によ菩ぼ薩さつ内ない心しんなんとかって

のは、あの女のこってすぜ。旦那なども、だから、面がいいからって鼻毛をのばしてるて

えと……」

「わかった、わかった、大いに警戒するからもう少しお手柔らかに願いたいね。そうゴシ

ゴシこすられると痛くてたまらない……」

「へえ、痛うがすか、これで……?」

「痛うがすかじゃないよ。もう少しせっけんをはずんでおくれよ。ときに親方、鵜飼さん

というのはだれだね」

「鵜飼さん?」

 親方は急にかみそりの手をやすめると、うえから耕助の顔をのぞきこんだ。

「旦那はまた、いろんなことを知ってるンですね」

「いや、そういうわけじゃないけどさ」

 耕助は内心ちょっと狼ろう狽ばいを感じたが、親方はしかし、それほど深く怪しんだわ

けでもなかったらしく、

「あの鵜飼って男ですがね、これがまたべらぼうな野郎で……やあ、いらっしゃい」

 親方の声の調子がにわかに変わったので、耕助が薄眼をひらいてみると、入り口の腰障

子のそばにだれかひとが立っているらしかった。

「いえ、もうすぐ終わります。ほかにどなたもお約束はありませんから、まあ、入って一

服おすいなすって」

 それから親方はとってつけたように、

「しばらくお眼にかかりませんでしたねえ、鵜飼さん、どこかお悪かったんですかい。お

顔の色が悪うがすぜ。分鬼頭のおかみさんに、かわいがられすぎるんじゃありませんか。

ははははは、こいつは、冗談だが……」

 耕助は思わずピクリと体を起こすと、鏡のなかにうつっている、若い男と眼を見交わし

た。

 鵜飼章三──この名は後に知ったのだが、──かれはまるで、鏡きよう花かの小説にでも

出てきそうな世にも美しい少年だった。

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