「どうも、時代がだんだん逆行してきますね」
「歴史はめぐるですか、はっはっは、しかしこんどのやつはだいぶ大規模らしい。十数人
の一団で、みんなピストルを持っているそうです。いずれ復員軍人の……」
「……は、ちと耳が痛いですな。ここにもひとりおりますからね」
「やあ、こいつは……どうです、一本」
海賊などどうでもよいと見えて、清水さんは、そこに腰をおろすと、ポケットから手巻
き煙草たばこを出してすすめた。
「いや、ぼくも持っていますから……そうですか。では一本……」
耕助も清水さんに並んで天狗の鼻に腰をおろした。
「散歩ですか。いや、散髪をしてきたんですね。すいてましたか。すいてたらわしも
ちょっと、行ってきてもよいのだが……」
「行ってらっしゃい。いま、鵜飼君がやってますが、もうじき終わるでしょう」
「鵜飼君──?」
清水さんは驚いたように耕助の顔を見直して、
「あんた、あの人物を御存じかな」
「いえ、いま会ったのがはじめてですよ。床屋の親方が、鵜飼さんといってたから、そう
いう名前だろうと思ったんです」
清水さんは無言のまま、煙草をくゆらしている。妙な渋じゆう面めんをつくっているの
は、煙が眼にしみたからであろうか。
「ありゃア、また、実にきれいな人物ですね。しんとんとろりとよい男──てンですから
ね、ありゃ……」
清水さんの渋面はいよいよ険しくなった。
「あれで、やっぱりこの島のもんですかね」
清水さんは黙って一本煙草を吸い終わると、吸い殻をていねいに靴先で踏みにじってお
いて、それから改めて耕助のほうをふり返った。
「金田一さん、わたしはね、いま妙な予感を持っているんですよ。あなたがたにいうと笑
われるかもしれんが、虫の知らせというやつですな。なにかいまに起こるんじゃないか、
この獄門島に、恐ろしいことが起こるんじゃないか、そんな気がしてならないんです。た
とえばあの鵜飼という男ですがね。あなたはいま、あいつを美少年とおっしゃった。なる
ほど美しいにはちがいないが、少年というのはどうですかな。あれで二十三か四になって
いるはずですからね。むろん、この島のもんじゃない。国は但たじ馬まだとかききまし
た。おやじは小学校の校長をしているというんだが、そんなこと、うそかほんとうか、わ
かったもんじゃない。ところで、但馬の国の人間が、どうしてこんな島へ来たかという
と、戦争のためですよ。戦争があいつをここへ連れてきたんです」
清水さんはうしろを振り返って千光寺の背後にそびえている山を指さすと、
「あなたは、あの山に登ったことがありますか。まだなら一度のぼってごらんなさい。
昔、あの山のてっぺんに海賊の砦とりでがあり、物見台があったそうで、いまでもところ
どころ趾あとがのこっていますがね。ところが、歴史はくりかえすで、戦争中そこにまた
物見台と砦ができた。防空監視所と高射砲陣地というやつですな。山中、孔あなだらけに
して、兵隊がおおぜいやってきた。鵜飼章三というのはそういう兵隊のひとりなんです
よ」
耕助はにわかに興味を催した。あとを促すように無言のまま清水さんの顔を見ている
と、清水さんはのどの痰たんを切るような音をさせ、
「そうです。あいつあれでも兵隊だったんです。年齢は若いがあのとおり、骨の細い、脾
ひ弱よわそうなつくりだから、前線へは持っていかれなかったんですね。カーキ色の軍服
を着ているのが、いたいたしいような兵隊で、……ところで、監視所や、高射砲陣地にい
る兵隊は、いろんな物を徴発によく山を下って、部落へやってきたもんです。部落でも相
手が兵隊さんだと思うから、できるだけの便べん宜ぎをはかる。無理な注文もきいてや
る。──で、はじめのうちはよかったんですが、戦争末期になると、兵隊のほうでもだんだ
んずうずうしくなってくる。戦局不利で多少やけ気味も手伝ったんでしょう。徴発という
より半分略奪ですな。部落の連中もそうはよい顔ができなくなった。気の荒い漁師のこと
で、中には激げつ昂こうするやつも出てきます。そういう空気が山へ伝わったものか、兵
隊のほうでも多少戦術をかえて、徴発の使者にはかならず、あの鵜飼章三をよこすように
なったというわけです」
「なるほど」
耕助がうれしそうにがりがり頭をかきまわしたので、せっかく床屋の親方がきれいにな
でつけてくれた頭が、たちまちもとのとおり雀すずめの巣すになった。