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近づく足音(4)
日期:2023-11-28 13:12  点击:239

「つまり、平たくいえば色仕掛けで、御婦人連の歓心をかおうというわけですね」

「さよう、さよう。ところで兵隊どもの物資徴発の対象となるのは、なんといっても両鬼

頭です。で、鵜飼章三がいちばんしげしげ出入りをしたのもこの御両家です。その時分、

本鬼頭の嘉右衛門さんはまだ生きていたが、これがしっかりものだから、相手がたとい兵

隊とはいえ、そう理不尽な要求に応ずる道理がない。にべもなくはねつけるんだが、する

と、かげへまわってよろしくやるのが、あそこの三人娘というわけなんです」

「なるほど、隊長の作戦まんまと図に当たったというわけですな」

「当たったも当たったり、大当たり、しまいには鵜飼さんのおいでになるのを待ちかね

て、三人のほうから山へ押しかけていったもんです。村ではいろいろ評判が立った。三人

が三人とも鵜飼さんに、その、なんですな、してやられたというんですな。むろん、中

にゃ、かりにも軍律きびしい兵隊である。そんな馬鹿なことのあるべきはずはないと、反

対するものもありましたが、なに、それが隊長の命令であった。隊長の命令によって、鵜

飼さんは、三人に、その、つまりけしからんことをしたというんですな。真偽のほどはわ

かりません。しかし終戦前後には、物資のみならず、かなりの金まであの三人が持ち出し

て、山へ運んだというのはほんとうらしい。隊長がそいつを握って、さっと復員してし

まったというのも、これまたどうやらうそではないらしいんです」

「つまり、鵜飼君は道具に使われたというわけですね。ところであの男は復員しなかった

んですか」

「むろん、復員しました。郷里の但馬へかえったんです。これで嘉右衛門さんもほっと安

あん堵どの胸をなでおろしたんですが、ひと月もたたないうちにまた舞いもどってきたん

です。なんでも、郷里には継母がいて、とてもいたたまれないからといって、分鬼頭のほ

うを頼ってやってきたんです。本鬼頭の嘉右衛門さんが、卒中で倒れたのはそれから間も

なくのことでしたよ」

 清水さんはそこでぽっつりことばを切った。耕助も無言のまま、眼下の海を見下ろして

いる。なにかしら救いがたい重っくるしさが胸のうえにのしかかってきて、口をきくのも

大儀であった。清水さんはまたことばをついで、

「亡くなった嘉右衛門さんは、太閤さんのような人でした。島じゅう、だれ一人、嘉右衛

門さんに楯たてつくものはなかった。ただ一人、分鬼頭のお志保さんをのぞいては……。

鵜飼のおふくろが継母だというのはほんとうでしょう。その継母にいじめられるから、家

にいづらいというのもうそじゃないかもしれない。しかし、それだからって、あの男が、

分鬼頭を頼ってくる筋はひとつもない。また、あの男にそれだけのずうずうしさがあろう

とは思えない。だから、復員するまえに、お志保さんが約束をしておいたか、あとから手

紙で呼び寄せたか、どちらにしても、万事がお志保さんのほうから出ていることはいうま

でもありますまい。あのとおり、役者のように着飾らせて、ただ遊ばしているところから

見ても、お志保さんの目的はわかっている。隊長の故知にならって鵜飼を道具に使おうと

いうんです。鵜飼を踊らせて、月、雪、花の三人娘を操って、本鬼頭の家を、めちゃめ

ちゃにたたきつぶしてしまおうというのが、あの女の腹なんです。嘉右衛門さんもそれを

知っていた。知っていたが、さりとてこればかりは苦情を持ち込むべき筋合いのものでは

ない。いかに太閤さんでも、他人が他人の世話をするのを、いかぬというわけにはいきま

せん。たといいかぬといったところで、すなおにきくようなお志保さんじゃない。思いあ

がった太閤さんも、朝鮮征伐ではじめて不可能にぶつかったが、嘉右衛門さんもお志保さ

んではじめて加か茂も川の水と、山法師と、さいころの目のほかにも、ままにならぬもの

があることを知ったんです。それがあの人の卒中の原因だから、修しゆ羅らの苦く患げん

が思いやられますよ」

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