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近づく足音(5)
日期:2023-11-28 13:27  点击:247

 海は蒼そう茫ぼうとして暮れかけている。風もにわかに冷たくなった。しかし清水さん

と耕助はたがいに感染しあったように、ぶるると身をふるわせたのは、たそがれどきの風

の冷たさが身にしみたせいではなかったろう。

 獄門島の空をおおうている、妖よう気きをはらんだ黒雲の正体。──耕助はしだいにはっ

きりそれを見定めていく。するとかれの耳底には神経衰弱者の耳鳴りのように、ちかづく

足音がひびいてくるのである。おどろおどろと、岩をかむ波の音のように、遠雷のとどろ

きのように……。

 それから間もなく、清水さんにわかれて寺へかえってくると、方ほう丈じようには了然

和尚をなかにはさんで、村長の荒木真喜平と、医者の村瀬幸庵さんが、重っくるしく押し

だまったまま鼎かなえに座っていた。耕助の足音をきくと、

「ああ、金田一さん」

 と、和尚が沈んだ声で呼んで、

「今日、とうとう公報が入ったそうな」

 と村長のほうへ、あごをしゃくった。そのあとにつづいて、村長の荒木さんがこう付け

加えた。

「あんたのおことばを疑うたわけじゃないが、やはり公報が入らんうちは、一いち縷るの

望みにすがっていたい気持ちでいたが……」

「これで、なにもかもはっきりした。公葬は禁じられているにしても、とにかく一日も早

く葬式を出したほうがええじゃろうな」

 暗い顔をして、山羊ひげをふるわせたのは幸庵さんだった。

 耕助はそのときふたたび、あの不吉な、おどろおどろと近づく足音を、耳鳴りのように

感じたのである。

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