行业分类
臈ろうたき人(2)
日期:2023-11-28 13:34  点击:235

 島にも百姓はいる。米は作らないが、藷いもや野菜類をつくる。漁師も男は絶対に鍬く

わはとらないけれど、女房連には畑をつくるものがある。だからやっぱり、地神様をおま

つりする必要があるわけだ。この地神様をすぎて、幾曲がりかすると、やがて道がまっす

ぐになり、正面に見えるのが医王山千光寺の高い石段である。石段の下にはお定まりの不

許葷酒入山門くんしゆさんもんにいるをゆるさずの石ぶみ。石段は約五十段あって、その

うえに、山をきりひらいて千光寺が建っている。「医王山」と額のあがった山門を入る

と、境内は思いのほかひろく、右側にまず庫く裏りがある。庫裏の玄関さきには雲うん板

ばんがかかっていて、訪問客はこれをたたく趣向になっている。庫裏の左側、すなわち山

門を入った正面に本堂があり、本堂につづいて左側に細長い禅堂が建っている。千光寺は

曹そう洞とう宗しゆうであるから、昔は奇特な雲うん水すいが、よく座禅を組みに来たと

いうことだが、ちかごろはせち辛くなったせいか、絶えてそういう沙さ汰たもなく禅堂も

手持ち無沙汰のようである。

 この禅堂と本堂をつなぐ渡り廊下のまえに、みごとな梅の古木がある。千光寺自慢の梅

で、高さは渡り廊下の屋根をこえ、南にのびた枝は五間に達する。幹はひとかかえはあろ

う。周囲に柵さくを設け、幹のそばには立て札が立ててあり、なにやら曰いわくが書いて

あるらしいが、雨に打たれてくろずんで、耕助には一字も読めなかった。

 さて、この寺にはいま三人の男が住んでいる。ひとりはいうまでもなく耕助だが、あと

のふたりは和尚の了然さんと、典てん座ぞの了りよう沢たく君である。典座というのは厨

ちゆう房ぼうをつかさどる僧のことだそうで、大きな寺にはこのほかに知し客かだの知ち

浴よくだのと、いろいろむずかしい名前の役があるそうである。しかし、千光寺ぐらいの

寺では、典座が湯殿もうけもてば、客の接待もやる。島の人々は了沢君のことを、典てん

座ぞさんとよんでいるが、耕助の耳にはそれがてんぞうさんと聞こえるので、はじめそう

いう名前かと思っていてわらわれた。

 典座の了沢君は二十四、五である。色の蒼あお黒ぐろい、やせこけた青年で、おそろし

く無口である。蒼黒い顔に、眼玉をギロリと光らせているので、ここへ来た当座、耕助は

すくなからず圧迫を感じた。あるいは自分という闖ちん入にゆう者しやに敵意をふくんで

いるのではあるまいかと恐れた。しかし、それは耕助の誤解であった。日をへるにした

がって耕助はこの若い僧がたいへん親切な、ゆきとどいた神経をもった人物であることに

気がついた。かれが無口で無愛想なのは、敵意をふくんでいるのではなく、性来の内気の

せいであることがわかった。了沢君が和尚につかえること、あたかも、子どもが慈父につ

かえるごときものがある。

 了然和尚はこの了沢に、寺を譲るつもりらしい。いま鶴つる見みの総そう持じ寺じへ認

可申請中だとのことである。本山から免許状みたいなものが来しだい、伝法の儀式をやる

という。曹洞宗では温かい手から手へ法脈を伝えるといって、老師が生きているあいだ

に、弟子に法統をつがせるのだそうな。ちなみに、了然和尚は、釈しや迦か牟む尼に仏ぶ

つ八十一代目の法弟だということである。そうすると了沢君はお釈迦様から八十二代目の

仏弟子ということになるが、

「私のような修業の浅いものに、とても一寺をあずかる資格はありません。和尚さんはま

だあのようにお元気だのに、どうしてそんなことを思い立たれたのか」

 と、典座の了沢君は、かえってちかごろ、和尚をうらみ顔である。

「金田一さん、金田一さん」

 その了沢君が方ほう丈じようから呼んだので、

「はあ。──お支度ができましたか」

 と、耕助はのっそり立って書院を出た。方丈へ来てみると、了沢君はすでに緋ひの衣に

杢もく蘭らんの袈け裟さをかけて、すっかり支度ができていたが、了然さんは、まだ白い

行衣のままで、足袋のこはぜをはめながら、

「金田一さん、あなたを使うてはすまんが、ちと、ひとはしり行ってきてくださらんか」

「はあ、どこへでも行きます。どこへ行くんですか」

「やっぱり分鬼頭のほうへも知らせておかんと、あとで角が立つようでも困るで。──儀兵

衛さんは痛風で寝てるちゅう話じゃが、お志保さんでもええ。今夜の通つ夜やに出てくれ

るように、ひとくち言うて来てくださらんか」

「承知しました。お安い御用です」

「その足で、あんたは本鬼頭のほうへ行ってもらえばええ。わしもすぐに了沢といっしょ

に出かけるで。了沢や、提灯ちようちんを出しておあげ」

「和尚さん、提灯なんざ要りませんよ。まだ六時半にもなりませんよ。外は明るいから」

「いや、そうじゃない。分鬼頭へ行ったりしてると、もどりは暗うなる。山道は危ない

で」

「そうですか。それじゃ拝借していきます」

 何年にも提灯などさげて歩いたことのない耕助は、なんだか、滑こつ稽けいな気がした

が、和尚のせっかくの好意だから、いなむわけにはいかなかった。了沢君の出してくれた

提灯をぶらさげて寺を出ると、なるほど、そろそろあたりは小暗くなりかけていた。

小语种学习网  |  本站导航  |  英语学习  |  网页版
09/24 03:24
首页 刷新 顶部