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臈ろうたき人(3)
日期:2023-11-28 13:35  点击:283

 今日は十月五日、前にも述べたようなことがあってから、三日目のことである。

 本鬼頭ではいよいよ、千万太戦病死の公報が入ったので、本葬を行なうことになり、今

夜がお通夜だった。こういうとりしきりのいっさいは、千光寺の和尚と、村長の荒木真喜

平と、医者の村瀬幸庵さんの三人が、相談のうえできめるのである。耕助はいまにして、

かれの携えてきた千万太の紹介状のあて名が、なぜこの三人になっていたかわかるのであ

る。この三人こそは、獄門島の三長老であり、本鬼頭にとっては三奉ぶ行ぎようであっ

た。嘉右衛門隠居亡き後は、本鬼頭の大事は、すべてこの三人の合議によって決せられ

る。

 石段をおりて、つづら折れを半分ほどくだったところで、耕助は、ばったりと、下から

あがってきた男に会った。

「あ、お寺のお客さん、和尚さんは?」

 四十五、六の小づくりの男であった。小づくりではあるが、筋金の入っていそうな体を

した男で、木も綿めんの紋もん付つきを着ていたが、袴はかまははいていなかった。どこ

かで見たような男だと思ったが、とっさのことで耕助には思い出されなかった。風ふう体

ていからおして、鬼頭家からの迎えのものだと思ったので、

「お迎えですか。御苦労さま。和尚さんはいまお支度の最中です。すぐ見えるでしょう」

「そして、あなたは?」

「あちらのほうの鬼頭さんへ」

「分鬼頭へ?」

 男はちょっと驚いたように眉まゆをひそめて、

「なにか御用で──?」

「和尚さんに頼まれて、今夜のお通夜のことを知らせにいくんです」

「和尚さんに頼まれて──?」

 男はけげんそうに、いよいよ眉をひそめたが、すぐ思いなおしたように、

「それは御苦労さまで。では、またのちほど」

 男はくるりと踵きびすをかえすと、すたすたと坂をのぼっていった。そのうしろ姿を見

送って、耕助ははじめて相手を思い出した。島へ来る途中、連絡船のなかで出会った男、

床屋の親方の話によると、この辺きっての潮つくりといわれる竹蔵だった。

 ああ、あの男か。あの男なら、もっとあいさつのしようがあったのに。──あまり姿がか

わっていたので、すっかり見違えたのである。

 つづら折れをおりきると、耕助は道を左へとった。かれはちょっと、心の騒ぐのをおぼ

えるのである。島へ来てから約二週間、本鬼頭のほうへちょくちょく出入りをしている

が、分鬼頭へ足を踏み入れるのは、今日がはじめてである。

 島の駐在所の清水さんは、昨日こんなことをいって注意してくれた。

 こういう島へ入ったら、漁師相手の話にもよくよく気をつけなければならない。どこの

漁村も同じことで、網元が二軒あれば二派、三軒あれば三派とわかれて、たがいに鎬しの

ぎをけずるものだが、この島では、網元同士とくに仲が悪いから、二派にわかれた漁師た

ちの、いがみあいもまた格別である。どっちをひいきにしても、どんなとばっちりをくら

うか、知れたものじゃない。だから、私なんざ、当たらず触らず、中立を保っているんで

す。それから清水さんはまたこんなことをいった。本鬼頭の千万さんが死んだので、村長

も幸庵さんも、青息吐息である。これで一さんの身に、もしものことがあってごらんなさ

い。天下は分鬼頭のものになる。そうなっちゃあのふたり、とてもただではすみません。

なにしろ、あのふたりときたら、嘉右衛門さんの息がかかりすぎている。現に儀兵衛さん

は、村長追い出しの下工作として、助役を手なずけているようである。また、県から学校

出の医者をひっぱってくるという話もある。なにしろ都会があのとおりだし、引き揚げや

復員で、よい医者がごろごろあまっていますからな。そこで和尚はどうなのかと耕助が尋

ねると、和尚は大丈夫と、清水さんが語調を強めてこたえるには、和尚さんは大丈夫です

よ。和尚さんは網元以上です。網元が何軒あろうが、どんなにいがみあっていようが、島

の信仰を牛ぎゆう耳じっている和尚は網元のうえに君臨している。村長や幸庵さんの首が

つながっているのも、和尚の信用を博しているからである。和尚は島ではオールマイ

ティーである。しかし他のものは、今後儀兵衛さんやお志保さんの鼻息をうかがわなけれ

ば、うまくやっていけないだろう。

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