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臈ろうたき人(5)
日期:2023-11-28 13:36  点击:256

「で、そのこと、昨日申し上げておいたはずなんですよ。いずれ主人がよくなりました

ら、ごあいさつにお伺いしますって。和尚さんには、そのこと通じてなかったのでしょう

か」

「ああ、そ、そうですか。じゃ、きっと、和尚さん、忘れたんですね。し、失礼しまし

た」

「いいえ、こちらこそ。──でも、和尚さん、ひどいわねえ」

「はあ?」

「だって、あなたをお使いによこすなんて」

「なに、ぼ、ぼくはどうせ遊んでいるんですから」

「金田一さん」

「はあ」

「あなたは、これから本家へいらっしゃる?」

「ええ、行きます。なにか御用がありましたら──」

「いいえ、それじゃお引き留めできないわね。じゃまた、改めてお遊びにいらっしゃい

な。あなた本家へちょくちょくいらっしゃるんでしょう?」

「ええ、行きます、千万太君の本があるから、借りにいくんです」

「こっちには本がありませんけれど、でも、なにかお相手はできますわ。たまにはいらっ

してくださいよ。分鬼頭にだって、鬼や蛇が住んでいるわけじゃありませんのよ」

「はあ、いや、そんなわけじゃ──、じゃ失礼します」

「あら? そう、では和尚さんによろしく」

 分鬼頭の長屋門を出たとき、耕助はわきの下にびっしょり汗をかいていた。玄関を出よ

うとするとき、奥からきこえてきた男たちの笑い声が、少なからずかれの自尊心を突き刺

したのである。むろん、それは偶然だったろう。かれをわらったわけではなかったろう。

しかし、それでも耕助は、いやあな気持ちを払ふつ拭しよくすることはできなかった。そ

の笑い声は酔っ払っていた。だから儀兵衛が痛風にしろ、痛風でないにしろ、少なくとも

酒の相手はできるのである。ひょっとすると、自分も飲んでいるのかもしれない。──

 寺へのぼるつづら折れまで引き返してきたとき、うえからおりてきた三人づれにばった

り出会った。先頭に立った了沢君は提灯をともしていた。そのあとから、了然和尚と竹蔵

が、話しながらついてきた。

「ああ、金田一さん、すまんすまん。分鬼頭へは本家から通知が行ってたんじゃそうな」

「はあ、御主人が御病気で、手がはなせないからというようなごあいさつでした」

「ああ、そう、まあええ、まあええ」

 本鬼頭のまえまで来ると、死んだ嘉右衛門さんの妾めかけだったというお勝つぁんが、

長屋門のまえに立って、うろうろあたりを見回していた。

「お勝つぁん、どうかしたんか。なにをうろうろしてるんじゃ」

「あ、竹蔵さん。花ちゃんを見やあしなかった?」

「花ちゃん。花ちゃんはさっきそこらをうろうろしてたがな」

「それが、急に見えなくなって。──和尚さん、いらっしゃいませ。さあさあどうぞ」

「お勝つぁんや。花子が見えんのかな」

「いえ、あの、ついさきまでそこらにいたんですが、──どうぞ奥へおいでになって」

 竹蔵とお勝つぁんをそこに残して、三人が玄関へ入ると、奥からラジオがきこえてき

た。兄のかえりを待ちわびて、早苗が復員便りをきいているのである。

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