末席から、思いあまったように声をかけたのは、潮つくりの竹蔵だった。耕助はさっきから気がついていたのだけれど、こういう評議がはじまったころから、かれはなんとなく、そわそわと落ち着かなかった。
「心当たりって、竹蔵さん、おまえどこかに心当たりがあるのかな」「いえ、そういうわけじゃござりませんが、ひょっとすると、分鬼頭のほうへでも──」
一同は思わずどきっとしたように眼を見交わしたが、そのときである。さっきからこっくりこっくり居眠りをしていた幸庵さんが、びっくりするほど、大きな胴どう間ま声ごえをはりあげた。
「分鬼頭の、あの色男なら、夕方、寺のほうへのぼっていったぞな」
「え? もし、幸庵さん、そりゃほんまでござりますか。もし、幸庵さん、幸庵さん、寝ちゃいけません。あの色男、ほんまに寺へあがっていきましたか」
ズブズブに酔っていても幸庵さん、生なま酔よい本性たがわずである。竹蔵にひざをゆすぶられると、パッチリと眼をひらいて、
「おお、ほんまじゃとも。ここへ来る途中、つづら折れをのぼっていくのが見えたて。もっとも、もうそろそろ暗くなりかけてたから、はっきりわからなんだがの」 だらしなく、山羊ひげのよだれをふきながら、そして体をふらふらさせながら、これだけいうと幸庵さん、ふうっと鯨くじらが潮を吹くように、酒臭い息を吐き出して、ごろりと横になってしまった。羽は織おりも袴はかまもくちゃくちゃになるのを、いっこうおかまいなしである。
「ちぇっ、こんなになるまで、飲まなきゃええのに」
「まあええ、しかたがない、これがくせじゃで。しかし、村長、花子のことじゃが、ほっとくわけにもいかんじゃろ」
「お勝さん、花ちゃんはきょう、鵜飼という男と会う約束でもあったのかな」
村長はにがにがしげに眉をひそめた。
「さあ、そんなことわたし──月代ちゃんや雪枝ちゃん、あんたそんなこと知ってる?」
「わて知らんわ。鵜飼さんが花ちゃんと? あほらし、そんなことあらへんわ。ねえ、雪枝ちゃん」
月代はいかにも馬鹿らしそうに、そんなこと問題ではないという顔色である。
「わてら知らん。花ちゃん、うそばっかり吐いているわ。どっかの奥のほうで寝てんのやないの」
雪枝はいまいましげに下くちびるをつき出した。
「お勝さん、もう一度家の中を探してみたら?」
「さっきも探してみたんですが、──じゃ、もう一度探してみましょう」
お勝さん──勝野というのが正しい名前だそうだが、だれも彼女を、勝野さんなどと、もったいらしくよぶものはなかった。なるほど、よくよく見ると、これで昔は相当、美人だったにちがいないと思われる節がないでもないが、いまではもう、すっかり意気地がなくなっている。いつも眼に涙をためて、しょぼしょぼしたところは、どぶ鼠ねずみのような感じである。おそらく、十何年かの、精力絶倫の嘉右衛門隠居との同どう棲せいで、生理的にも、性格的にも、あらゆる活力を吸いとられてしまったのであろう。
お勝が立つと、
「あたしも探してみるわ」
早苗も席を立って、お勝のあとから出ていった。
「それでいよいよ、家の中におらんとすると、手分けをして探してみにゃならんが、竹蔵さん、あんた分鬼頭へ行ってくれるか」
「へい、行ってもようござりますが、わたしはちょっと──」
「ぐあいが悪いかな」
「あそこのおかみさんは苦手だなあ」
「了沢、それじゃおまえいっしょについていけ。竹蔵さん、了沢がいっしょならええじゃろ」
「へえ、了沢さんがついていってくれるなら──」
「私は村を探してみましょう」
村長はいった。